WHOとドイツの基準値について

(とりあえず、WHOとドイツの基準値について書きました。あまり推敲していないので、何か書き忘れてるかもしれませんし、後日書き加えるかもしれません。キチンと推敲し終えたと思ったとき、この括弧書きを消します。)


最近書いていた、母乳と放射性物質との関係について、色々な所での反応を見ていくと、

「外国の基準値はもっと低く、今回の36ベクレルというのは極めて危険という話もある」

という疑問もあるようだ。

WHOとドイツの基準値については、ソース元が分かったので、それらについて触れておく。


○WHOの基準値について

まず、WHOの水の基準値については、簡単にまとめられているのがこれ、
http://www.who.or.jp/index_files/FAQ_Drinking_tapwater_JP.pdf
そして本体がこれ、となる(コッチは長い。クリック注意)。
http://whqlibdoc.who.int/publications/2004/9241546387_jpn.pdf

WHOでは、ヨウ素131、セシウム137ともに、基準値は10Bq/kgとされている。
(巷で広まっている、1Bq/kgというのは誤り)

ただし、この数字には前提があり、
「この基準値は、一生涯を通じて飲み続けても、重大な健康リスクが生じないことを示すものであり、基準値を超える放射能が出ても、そのことが直ちに健康リスクを示すわけではない。
この基準値は、事故による放射性物質の環境中への放出といった、緊急時の飲料水の汚染には適用できない。」
という数字、つまり、

・一生涯、飲み続けることを前提とした基準
・基準値を超えても、直ちに健康リスクを生じるものではない
・緊急時には適用できない

とされている。

そして、原子力事故といった緊急時にWHOが参照する基準値としては、IAEAガイドライン値となっており、ヨウ素131が3000Bq、セシウム137が2000Bqとなる。

日本が定めている基準は、国際放射線防護委員会(ICRP)のガイドラインを踏まえて、ヨウ素300Bq、セシウム200Bqと設定されているが、これは1年間摂取し続けても、甲状腺等価線量50mSv、実効線量5mSvを超えないものとして設定されている。

なお、巷では、
「一つの食品からだけ基準値を下回ることを考えていて、色々な食品からの被曝を考えていない」
と批判されることが多いが、例えばヨウ素131を例に取れば、甲状腺等価線量50mSvを一度2/3にし、これを飲料水・乳製品・野菜類に1/3づつ割振る形で設定されている。
なお、穀物・肉類に割振られていないのは、ヨウ素131は半減期が短いため、穀物や肉類からの移行はかなり小さくなるからである。

つまり、日本のヨウ素131に対する基準値は、50mSvを下回ることを目標に、余裕を見て、33mSv(50mSvの2/3)に設定されているとも言える。


次に、WHOの、食品や乳児用飲料水の基準値については、コーデックス委員会というところが定めた国際ガイドラインが参照されている。
これによると、乳児用・一般用ともに、ヨウ素131は100Bq/kg、セシウム137は1000Bq/kgとされている。

乳児用のヨウ素131の100Bq/kgについては、日本政府が示した基準値と同一であり、セシウムに関しては日本よりも遥かに高い。
なお、事故が拡大したような場合には、この基準値の取り扱いは、各国政府の裁量が許される。

ちなみに、4月21日現在で私が調べた範囲では、ヨウ素セシウムともに、日本国中で、10Bq/kgを超えている水道は、福島県内を含めて1箇所も無い。



○ドイツの基準値について

ドイツの基準値とされている、ドイツ放射線防護協会の提言については、翻訳がここにあったので、これをベースに考える。
http://icbuw-hiroshima.org/wp-content/uploads/2011/04/322838a309529f3382702b3a6c5441a31.pdf

ドイツ放射線防護協会は、ヨウ素131、セシウム137のそれぞれに対し、ヨウ素131については葉物野菜を一切食べないこと、セシウム137については、乳児・子ども・青少年は4Bq/kg、成人は8Bq/kgを基準値とすることを提唱している。

この中身について考察する。

まず、ヨウ素131についてだが、葉物野菜を一切食べない理由について、だいたい以下のように記している。

『日本では、ほうれん草1kg あたり54,000Bq のヨウ素131 が検出された。
ドイツの法令によれば、原子力発電所が通常に稼働している時の甲状腺線量の限界値は年間0.9mSV だが、上に述べたような日本のほうれん草をわずか100g 摂取するだけで、すでに何倍もこの限界値を超えることになる。
原発事故の場合には、同じくドイツ法令によれば、甲状腺線量は150mSv まで許容されるが、これはいわゆる実効線量7.5mSv に相当する。
それゆえ日本国内居住者は、当面、汚染の可能性のあるサラダ菜、葉物野菜、薬草・山菜類の摂取を断念することが推奨される。』

まず、最初に、
「54,000Bq/kgのホウレン草を100gでも食べれば、通常時のドイツの基準値を超えてしまう。だから食べてはダメだ。」
という書き方になっている。

だが、日本人なら既に多くの人が知っているように、54,000Bq/kgというホウレン草は流通していない。
そのようなホウレン草は出荷停止である。
日本で流通させることが出来るホウレン草は、2000Bq/kg以下である。
この点で、既に現実認識に違いが生じている。

また、ドイツ法令によっても、原発事故時には甲状腺等価線量は150mSvまで許容されることになっているが、上のWHOのところで書いたように、日本では50mSvを下回るように行動している。
こないだ紹介した、日本核医学会や日本産科婦人科学会の見解も、同様に50mSvを下回ることを説明したものだ。

ちなみに、ICRPIAEAといった機関も、甲状腺等価線量は50mSvを基準としている。
この点については、ドイツよりも日本の方が、整合的であるように思う。

こういった点から、ドイツ放射線防護協会と、日本の政府・医療関係者の間には、考え方の前提に大きな違いがあり、私としては、日本側の考えの方がより現実的であるように思う。



次に、セシウム137については、基準値を、未成人4Bq/kg、成人8Bq/kgとする理由について、だいたい以下のように記している。

『1kg に100Bqのセシウム137があったとき、セシウム134も100Bq、ストロンチウム90も50Bq、プルトニウム239も0.5Bqあると仮定し、ドイツの法令にもとづく平均的な摂取比率で、汚染された飲食物を摂取した場合、以下のような年間実効線量となる

乳児(1 歳未満):実効線量6mSv/年
幼児(1〜2 歳未満):実効線量2.8mSv/年
子ども(2〜7 歳未満):実効線量2.6mSv/年
子ども(7〜12 歳未満):実効線量3.6mSv/年
青少年(12〜17 歳未満):実効線量5.3mSv/年
成人(17 歳以上):実効線量3.9mSv/年

ドイツの法令によれば、原子力発電所が通常に稼働している時の、空気あるいは水の排出による住民1人あたりの被ばく線量の限界値は年間0.3mSvである。

この限界値は、1kg あたり100Bq のセシウム137 を含む飲食物を摂取するだけですでに超過するため、年間0.3mSvの限界値以内にするためには、評価の根拠に不確実性があることを考慮し、乳児・子ども・青少年に対しては、1kgあたり4Bqを、成人は、1kgあたり8Bq 以上のセシウム137 を含む飲食物を摂取しないことが推奨される。

国際放射線防護委員会(ICRP)は、そのような被ばくを年間0.3mSv 受けた場合、後年、10万人につき1〜2人が毎年がんで死亡すると算出している。しかし、広島と長崎のデータを独自に解析した結果によれば、その10倍以上、すなわち0.3mSvの被ばくを受けた10 万人のうち、およそ15人が毎年がんで死亡する可能性がある。被ばくの程度が高いほど、それに応じてがんによる死亡率は高くなる。』


まず、この計算の特徴として、ある食品にセシウム137が100あったとすると、セシウム134も100、ストロンチウム90も50、プルトニウム239も0.5、同じ食品に含まれているものとして計算している。

これまでのモニタリング結果によると、サンプル数は少ないものの、確かにセシウム137とセシウム134は同程度検出されているが、ストロンチウム90は100分の1以下だし、プルトニウム239に至っては、20km〜30km圏内の高線量地点であっても検出されていない。
(現時点では、東電敷地内で、環境レベルと大差ない値が検出されたのみ)

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/04/15/1304935_0412_1.pdf
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/04/01/1304515_0401.pdf

上の計算では、乳児は6mSv/年と計算されているが、これを、セシウム137、セシウム134、ストロンチウム90、プルトニウム239による内訳にそれぞれ分解してみると、以下のようになる。

セシウム137によるもの=0.68mSv
セシウム134によるもの=0.85mSv
ストロンチウム90によるもの=3.74mSv
プルトニウム239によるもの=0.68mSv
合計=約6mSv

見て分かるとおり、セシウムによるものと言うよりも、ストロンチウム90や、プルトニウム239の影響がかなり大きく出ている。
上に書いたように、実際のモニタリング結果によれば、ストロンチウムはもっと少ないし、プルトニウムは検出されていない。

ストロンチウムは、一般的にはセシウム137の10分の1と言われるので、モニタリング結果よりももう少し大きく見てもいいかもしれないが、それにしてもこの計算は、過大と言えるのではないだろうか。


また、危険な理由とされる、

「年間0.3mSv 受けた場合の、10万人につき1〜2人、多く見積もれば15人が毎年がんで死亡する可能性がある」

という部分についてだが、これは集団リスクからの視点であって、個人リスクから考えれば、そのリスクは、0.001〜0.002%のがん確率の上昇、多く見積もっても0.015%の上昇となる。

つまり、リスクを集団視点で見るか、個人視点で見るかの違いであるし、また、どこまでを危険と判断するかの違いであるとも言える。

国際放射線防護委員会(ICRP)は、集団リスクについては1mSvで0.005%という数字を出しており、日本側はこの数値を参考にしていると思われる。

日本側は個人リスクの観点から、1mSvあたり0.005%というリスクは(計画的避難区域とされる20mSvでも0.1%)、その他の生活環境で容易に変動してしまうものなので、これを健康に対する危険性とは捉えていないように思われる。

なお、これもWHOのところで記したように、日本側としても、飲食物に含まれるセシウム137からの実効線量については、5mSvを超えないことを目標としている。

仮にドイツ放射線防護協会のやり方に沿って、0.3mSvを避けるべき基準とすると、避難範囲にしても、出荷制限にしても、かなり大規模なものになるだろう。
それこそ福島県民はほとんど全県避難で、福島・茨城・宮城・千葉の農家は今後何年も出荷できなくなるといった状況になり、そこから発生する自殺・困窮死といった個人リスクは、一人当たり0.005%を上回るのではないかと思うので、私としてもドイツより、日本政府の方針の方が、集団リスク・個人リスクとも、少なくなるのでは無いかと思う。

また、ドイツ放射線防護協会の基準は、他のICRPIAEAといった機関の基準値と比べても、整合性を欠き、厳しすぎるものであるように思える。

このようなことから、ヨウ素131だけでなくセシウム137に関する対策についても、ドイツ放射線防護協会と、日本の政府の間には、考え方の前提に大きな違いがあり、私としては、日本側の考えの方がより現実的であるように思う。