(甲状腺の話)この記事は多分に煽りの臭いがする

■<甲状腺機能>福島の子供10人に変化 NPO検診 (毎日新聞 - 10月04日)
 長野県松本市NPO法人「日本チェルノブイリ連帯基金」(鎌田実理事長)と信州大医学部付属病院が、東京電力福島第1原発事故後に県内へ避難した福島県の子どもを検診し、130人中10人で、甲状腺ホルモンが基準値を下回るなど甲状腺機能に変化があったことが4日分かった。健康状態に問題はなく原発事故との関連は不明といい、NPOは「参考データがなく、長期の経過観察が必要だ」と話している。
 10人の内訳は▽甲状腺ホルモンが基準値以下1人▽甲状腺刺激ホルモンが基準値以上7人▽甲状腺組織が壊れたことなどを示すたんぱく質「サイログロブリン」の血中濃度が基準値以上2人−−で、甲状腺異常や甲状腺機能低下症はなかった。
 長野県茅野市に避難した生後6カ月〜16歳の130人(男75人、女55人)を対象に7月28日〜8月25日、問診や尿・血液検査をした。
 甲状腺は、身体の発育に関連する器官。甲状腺ホルモン分泌にヨウ素が使われるため、子どもは大人より放射性ヨウ素を蓄積しやすい。【大島英吾】

今回の記事については、既に色々なツッコミがなされていると思う。
自分的にも色々と疑問が湧いたのだが、まずはこの記事から読み取れる、事実の部分から整理しておく。

・対象は、生後6カ月〜16歳の130人(男75人、女55人)
・検査期間は、7月28日〜8月25日。問診や尿・血液検査による。
甲状腺ホルモンが基準値以下 1人
甲状腺刺激ホルモンが基準値以上 7人
甲状腺組織が壊れたことなどを示すたんぱく質血中濃度が基準値以上 2人
甲状腺異常や甲状腺機能低下症はなかった
・健康状態に問題はなく原発事故との関連は不明

この情報を元に、疑問に思うことを書いていく。

まず、これらについて、毎日新聞は「甲状腺機能に変化があった」と書く。
「変化」と言うからには普通、以前のデータと比べて違いがあったから「変化」と言えるわけなんだが、以前のデータがどうだったかについては一つも書いていない。
と言うか、以前のデータなど無かったと思うのだが。
前のデータが無いのに、どうして「変化」と書けるのだろうか。

次に、これらの子供達がどのような生活を過ごしていたか、特に被曝量がどの程度であったかの情報が一つも無い。
どの程度放射線を浴びた子供にどのような症状が見られたか、それを考えられるだけの手掛かりが一つも無い。
そういった情報や手掛かりが一つも無くて、原発事故や放射線との関連など考えようが無い。
原発事故との関連は不明」となるのは当たり前の話。
この記事は何を言いたいのだろうか。


そして、検査結果の細かい部分に入っていくが、まずはそもそも、「甲状腺異常や甲状腺機能低下症はなかった」とのこと。
ここが非常に重要。
つまり、甲状腺ホルモンが基準値以下、甲状腺刺激ホルモンが基準値以上といった子供はいたが、これらは甲状腺異常や甲状腺機能低下症と言えるほどのものでは無く、「健康状態に問題は無かった」ということ。

放射性ヨウ素による甲状腺被曝の健康影響としては、長期的に生じる甲状腺がんの他に、甲状腺異常や甲状腺機能低下症といったものも一応可能性としてはあるわけだが、今回の検査結果ではそのようなものは見られなかったとのこと。
これは重要な事実なので確認しておきたい。

で、そのような甲状腺異常等と言えるものは確認できなかったが、甲状腺ホルモンや甲状腺刺激ホルモンなどについては基準値を外れた例が合計10件あったと。
この、甲状腺異常等とは言えないものの、基準値から外れた部分について、「甲状腺機能に変化があった」と記事では述べている。

確かに、甲状腺ホルモンの減少、甲状腺刺激ホルモンの過分泌という現象については、甲状腺機能の低下を疑わせる可能性はあるかもしれないが、ただ放射線被曝によって甲状腺機能低下症が起きるのにはしきい値があるとされていて、等価線量で5000mSvといったレベルで被曝した場合(確定的影響)。

これらの子供に、5000mSvといった量を被曝した子供がいるのだろうか。
原子力安全委員会SPEEDIを用いて行った、1歳児が1日24時間ずっと外にいたとする、ありえないまでに厳しい仮定で行った試算でも、せいぜい100mSvがいいところだし、これまでのスクリーニング結果でも、100mSvを超えるような例は確認されていないのだが。

今回の、甲状腺ホルモンの減少、甲状腺刺激ホルモンの過分泌について、放射線被曝による急性障害(確定的影響)の現われと見るのであれば、相当の量を被曝したと考えていいはずだが、現実的にはそのようなレベルの被曝は考えにくい。
この記事を読んで受ける印象だと、「原発事故との関連は不明」と書きつつも、放射性ヨウ素が原因だと臭わせるような書き方になっているわけだが、この記事から読み取れる限りだと、放射線被曝が原因だとか、そういうことは何とも言えないし、むしろ可能性としては低いのではと思う。


逆に、上の方で「これらの子供達がどのような生活を過ごしていたかが分からない」という趣旨のことを書いたが、一方ではこれが重要な意味を持つ。
と言うのも、(放射性で無い)安定ヨウ素を大量服用や長期服用すると、元々健康な人間であったとしても、一過性の甲状腺機能低下を生じることがある。

「一方、健康な者が、ヨウ素を含む製剤を大量服用又は長期連用すると、一過性の甲状腺過形成や機能低下を生じることがある」
http://www.nsc.go.jp/bousai/page3/houkoku02.pdf#page=9

一時期、昆布やイソジンなどで安定ヨウ素を摂取した方がいいなどと噂が立ったことがあったが、もし、この子供達がそのような形で安定ヨウ素を大量・長期に摂取していたことがあったとしたら、それによる影響であることも考えられる。

ちなみに、安定ヨウ素甲状腺機能低下の原因になることについては、このような説明もあり、

「本邦の特殊性として、一過性、可逆性甲状腺機能低下症としては破壊性甲状腺炎によるものよりも、ヨードの過剰摂取に基づくものが多く注意を要する(全低下症の1/3に上る)。最近ではヨード含有食品は健康食の一つとして賞用されており、以前よりも一層注目すべきである。低下症が疑われる場合には、ヨードの嗜好状態を尋ねることが不可欠である。」
http://www.medic-grp.co.jp/kensa/koujiyou/koujiyou.html

今回のような基準値を外れるケースについては、安定ヨウ素の多量摂取ということも、可能性として考慮すべきではと思う。

加えて、そもそも甲状腺機能の低下という症状であれば、甲状腺炎という病気によっても、その症状が現れる。
甲状腺炎の原因はまだ解明されてはいないが、ウイルス感染が原因ではないかと言われている。
いずれにせよ、原発事故が起きる前から元々あった病気・症状なので、今回の基準値を外れた理由には、当然このような可能性も考慮されるべきだろう。


基準値を外れた事例があったとだけ言われても、基準値を外れることが稀であるのか、それなりにあることなのか、今回の外れ方からどの程度のことが言えるのか、そういったことも分からないと、これも同じように何の考えようもないだろう。
安定ヨウ素を多量摂取した場合だけでなく、そもそも原発事故など無かったとしても、一時的な体調不良時や甲状腺炎の場合などに、基準値を外れることは有り得るのだから。


また、「甲状腺組織が壊れたことなどを示すたんぱく質『サイログロブリン』の血中濃度が基準値以上」とされたことについては、これは別記事では「甲状腺がんを発症した人の腫瘍マーカーにも使われる」と書かれていたりもするのだが、
http://www.shinmai.co.jp/news/20111004/KT111003ATI090018000.html

この件については以下が参考になる。
http://www.medic-grp.co.jp/kensa/koujiyou/koujiyou.html
http://www.crc-group.co.jp/crc/q_and_a/109.html

サイログロブリンは、確かに腫瘍マーカーとして用いられるものではあるが、可逆的機能低下症や良性腫瘍でも上昇するので、腫瘍マーカーではあるががんマーカーとは云えず、従って診断に利用することは正しくないとのこと。
そして、これが腫瘍マーカーとして非常に有用となってくるのは、むしろ甲状腺を全摘出した後の治療経過判定時であるとのこと。

今回、サイログロブリンが基準値を上回った2人の子供は、甲状腺を全摘出していたとでも言うのだろうか。
それとも、診断に利用することが正しくない基準値を上回ったからといって、原発の影響を疑うとか、そういうことに、何か意味があるというのだろうか。


結局のところ、この子供達がどれくらい被曝したか、これまでにどのような生活をしてきたか、その辺が分からない限り、甲状腺機能に変化があったと言われても(しかも以前のデータも無いのに)、何の考えようも無いということ。

この記事を書いた人間は、こういう何の考えようも無い記事を書いて、一体何がしたかったのだろうか。
「単にNPOの検診結果を記事にしただけだ」と言うのかもしれないが、だとしても、子供達がどれくらい被曝したのか、どのような生活をしてきたのか。
分かるなら分かる、分からないなら分からないで、もう少し書き様と言うものがあると思うのだが。
せっかく取材をしながら、その辺の原発事故との関連を探るのに重要な情報を書かないで、一体何の意味があるのだろうか。

この記事は、一応、「健康状態に問題はなく原発事故との関連は不明」と、言い訳できるようにはなっている。
「別に危険を煽っているわけではありませんよ、原発事故との関連は不明ですよ」と、言い逃れが出来るような記事の作りにはなっている。

だが「原発事故との関連は不明ですよ」と、そう書いておきながら、記事の最後には「子どもは大人より放射性ヨウ素を蓄積しやすい。」との言葉で締めくくる。
子供達がどれだけ被曝したのか、どのような生活をしてきたのか、そういう重要なことは書かないのに。

原発事故との関連を探るのに重要な手掛かりは一切書かず、「原発事故との関連は不明」と書きながら、「子どもは大人より放射性ヨウ素を蓄積しやすい。」と締めくくる。
ちょっとこの記事の意図が分からない。

原発事故との関連で、重要なことは一切書かないくせに、「子どもは大人より放射性ヨウ素を蓄積しやすい。」とだけ書いて終わるその記事の書き方は、自分には、不安を煽ることを目的とした記事のように感じる。

もちろん、ある程度の被曝をしたと思われる子供達については、甲状腺を検査していくことは必要だと思うし、その健康影響を正確に把握するため、福島だけじゃなく、福島とは遠く離れた、例えば鹿児島といった場所の子供達も同じように検査していくことも必要だと思う。

ただ、この記事の書き方は酷すぎる。
書くべきことは書かないのに、放射性ヨウ素が原因だと臭わせるような書き方で締めくくる。
その意味で、この記事は、酷い記事だと思う。