現段階で原発由来と言うのは時期尚早

■横浜でストロンチウム検出 100キロ圏外では初(朝日新聞
横浜市港北区のマンション屋上の堆積(たいせき)物から、195ベクレル(1キロあたり)のストロンチウムを、民間の分析機関が検出した。東京電力福島第一原発事故で放出されたとみられ、結果の報告を受けた横浜市は、再検査を始めた。
 検出されたのはストロンチウム90(半減期約30年)。文部科学省の調査では福島県内や宮城県南部など福島第一原発から100キロ圏内で検出されているが、約250キロ離れた横浜市内では初めて。
 場所は築7年の5階建てマンション屋上。7月、溝にたまった堆積物を住民が採取し、横浜市鶴見区の分析機関「同位体研究所」で測定した。放射性物質が蓄積しやすい条件とみられるため単純に比較できないが、4〜5月に福島市内の土壌から検出された77ベクレルと比べても高い値だ。
 同じ堆積物からは6万3434ベクレル(1キロあたり)のセシウムも検出。私有地であることを理由に公表していないが、市衛生研究所でのセシウムの再検査でも、同じ堆積物から10万5600ベクレルが検出された。

【思ったことを適当に書いていたら長くなりました。おいおい言葉使いとか文章とか見直していきます。取りとめもなくなってたらすいません。】

この報に接したときの第一印象は、

ストロンチウム89が検出されていないのに、どうして原発由来だと言えるんだ???」

というものだった。
その点についてはもう少し後で書くが、まずはストロンチウムについての一般的な話を確認しておく必要がある。

今回検出があったのは、放射性ストロンチウムとは言っても実はストロンチウム90だけで、ストロンチウム90自体は、過去の核実験によるフォールアウトで、その辺にある。
うちの近所の公園で出るかも知れないし、あなたの家の庭で検出されても不思議は無い。
だいたい、平方メートル単位で言えば950Bq/m2程度、キログラム単位で言えば15Bq/kg程度なら、原発事故の起きる前から確認されている値で、これくらいならその辺にあっても不思議ではない。

(あとちなみに、ここで言う核実験によるフォールアウトという言葉には、日本の西にある軍事大国から、今でも飛んで来ている黄色い砂なんかも含んでいます。)

まぁそんなわけで、記事では、
「放射性ストロンチウムが検出されたことが分かった」
という書き方になっているわけなんだが、放射性ストロンチウム自体はどこで検出されてもおかしくないし、現にこれまでも検出されている話なので、このこと自体にはあまり意味は無い。

で、過去の核実験によるストロンチウムも、福島原発ストロンチウムも、ストロンチウム自体に色が付いているわけでは無いので、核実験由来か原発由来かを判断するには、単に「検出された」だけでは全くの不十分、と言うか不勉強で、別の判断要素が必要になる。

その判断要素の有力なものがストロンチウム89の検出だし、その次にストロンチウム90の過去の検出結果との比較になる。


まずストロンチウム89の方から言うと、ストロンチウム89は半減期が約50.5日なので、過去の核実験によって降り積ったものは、ほとんど消失していると考えられる。
なので、ストロンチウム89が大きな値で検出されたとすれば、それは核実験ではない人工由来ということになり、原因として推定されるのは今回の原発事故、となる。

現に、文科省による福島県内の調査では、原発由来のストロンチウムが確認されている地点は、全てストロンチウム89が検出されている。
ちなみに、そのストロンチウム89が検出された場所について(つまり原発由来ストロンチウムの飛散があったと考えられている地点について)、ストロンチウム89とストロンチウム90を割合で言えば、6月14日時点の数字として、平均してストロンチウム89はストロンチウム90の4倍程度検出されており、一例を挙げれば、ストロンチウム90が190Bq/m2の場所では、ストロンチウム89は720Bq/m2検出されている。
また、これまでになされている原発からの放出量推定でも、ストロンチウム89はスロンチウム90より多く出ていると見積もられている。

このようなことを考えると、横浜でストロンチウム90が195Bq/kg検出され、それが原発由来だと言うならば、ストロンチウム89は少なくともその2倍、400Bq/kg程度は検出されていいはずだと思うのだが、ストロンチウム89が検出されたとの話は無い。

原発からはストロンチウム90よりも多く放出され、原発周辺でもそのストロンチウム90とセットで検出されているストロンチウム89が検出されていないのに、このストロンチウム90の分析結果だけでどうして原発由来だと言えるのか、それがまず一つ。


次に、過去の核実験フォールアウトとの比較について。
色々な意見を眺めると、今回横浜で検出された195Bq/kgが、福島で検出された77Bq/kgより多い。だから原発由来だ、といった話が目に付く。
だが、これには色々と注意しなければならないことが多い。

まず、今回の横浜でのサンプルが、マンション屋上の溝に溜まった堆積物である点。
ビル屋上などの堆積物は放射性物質が高めに出やすいし、まして溝に溜まった堆積物ならば、なおさら高く出るだろう。

一方、福島を始めとした公的機関の分析では、なるべく開けた場所でサンプルを拾う。
と言うのは、何もこれは意図的に低い値を出そうとしているのではなく、そうしないとそのエリアの水準も考えられないし、他の場所との比較ができないから。

例えば、雨樋の下とか、今回のマンションの屋上とか。
そういう場所で検出される値というのは、その場所の条件に大きく左右される。
雨樋の下で言えば屋根の大きさがどうだとか、マンションの屋上であれば水の流れがどうだとか、屋上の広さがどうだとか。
こういう場所というのは、その場所場所の条件に大きく左右されてしまうので、そのエリアがどの程度の値であったか、他の場所と比較してどうなのかという検討には使えない。

確かに、雨樋の下とかマンション屋上の堆積物が高く出るのはその通りなのだが、それはまず、開けた場所でそのエリアがだいたいどの程度であるかを見てから、そこからのプラスアルファとして考えて行った方がいい話であって、始めから場所場所の条件に左右されるサンプルを調べたのでは、比較も何もあったもんじゃ無い。

ところが、今回の横浜の値というのは、そういう特別高く出る場所でのサンプルの話。
放射性物質が濃縮しやすい条件のサンプルと、開けた場所のサンプルとでは、そもそも比較は出来ない。


で、次に、そもそも比較できる値では無いのを承知で、それでもなお、今回の値がどの程度のものであるかを考えてみる。

ここに、横浜市の土壌のセシウムを分析した値がある。
http://doc.radiationdefense.jp/dojyou1.pdf#page=3
この調査を行っているのは、木下黄太氏を始めとする放射能防御プロジェクトという団体で、私は木下氏やこの団体の言うことは信用に値しないとは思っているのだが、この分析結果自体は、今回の横浜の195Bq/kgを報告したのと同じ民間分析機関が、ゲルマニウム半導体検出器で分析したものなので、この値自体は参考にしてみよう。

そうすると、横浜市内のセシウムとしては、130〜400Bq/kgという値が確認されている。
一方、今回のマンション屋上のセシウムは63000Bq/kgとのこと。
この数字を比較しただけでも、マンション屋上の数字は周辺環境では通常ではあり得ない、何か相当高く出た数字であることが分かるだろう。

正直、放射能防御プロジェクトの値はサンプリング条件もバラバラで、植込みといった元々高く出るような場所も混じっていて、そのエリア周辺の値として使える分析結果とはとても言えないのだが、そういう問題点には目をつぶって、ここでは最も厳しい400Bq/kgという値が、横浜市の一般的な周辺環境の数字だとして考えてみる。

そうすると、400Bq/kgが横浜市の周辺環境の数字だと(厳しく)仮定すると、マンション屋上の63000Bq/kgという数字は、その約160倍。
つまり、マンション屋上の堆積物になると、周辺環境よりも160倍程度、高い数字が出ると考えられる。

今回、マンション屋上のストロンチウム90は195Bq/kgであった。
周辺環境より160倍高い数字が出ているとして、これを160で割ってみると、
195Bq/kg ÷ 160 = 1.2Bq/kg

上の方で、過去の核実験によって最大15Bq/kg程度であれば検出されても不思議では無い数字だと書いた。

195Bq/kgという数字は、マンション屋上の溝に溜まっていた土の値ということで、何か相当高くなる環境にあったか、あるいはそもそもサンプル自体の要因(後述)によって高くなっていることが考えられるわけだが、セシウムの数字を用いて高く出た度合いを考えてみると、周辺環境ベースで考えれば1.2Bq/kg程度。
これは過去の核実験の値である15Bq/kgと比べて、充分あり得る数字ということになる。


また、もう一つ、別の角度からも考えてみる。
築7年のマンションの屋上に、195Bq/kgのストロンチウム90が蓄積しうるか、と言う点だ。

文科省都道府県などが原発事故前から行ってきた「環境放射能水準調査」というものがある。
http://www.kankyo-hoshano.go.jp/08/soukatsu_lib/h20_suijun.pdf#page=23
その2005〜2008年の数字を元に、日本の1ヶ月間の平均的なストロンチウム90の降下量を考えてみると、おおよそ0.042Bq/m2程度(検出下限値以下の値については、分析目標レベルの値として再計算した値)。

そうすると、0.042Bq/m2×12月×7年として考えると、築7年の建物であれば、1平方メートル当り3.5Bq程度は降り積もっている計算になる。
で、マンションの屋上が何平方メートルあったかだが、多分少なめの数字になるだろうが、ザックリと500平方メートルだったとして計算してみると、原発事故の有無に関わらず、そのマンションの屋上には1800Bq程度は降り積っていてもおかしくない計算になる。

195Bqと1800Bqを比較すれば、今回の検出もあり得ない数字では無いと思うのだが。


と、ここで、一つ断っておく必要がある。
実はここまで、散々と「マンション屋上にストロンチウム90が195Bq/kgあった」という流れで書いてきた。
記事でも195Bq/kgあったように読めるわけだが、実はこれ、計算のカラクリと言うと言葉が悪いのだが、正確に言うと、マンション屋上の堆積物に195Bqあったことは意味しない。

これ、ちょっと、細かい話になってしまって、一般の人には分かりにくいかもしれないのだが、ストロンチウム90が195Bq/kgあったというのは、
「仮に土壌が1キログラムあったとすれば、その中に195Bq含まれる濃度でした」
という意味であって、実際に屋上の堆積物に195Bqあったというわけではない。
195Bq/kgというのは土壌1キログラムで考えた場合の“濃度”であって、そこに実際にあった量では無い。

もう少し具体的に言うと、ストロンチウム分析などで使われる土の量というのは、1キログラムも使わない。
実際に分析に使われる土の量というのは、30〜50グラム程度。
つまり1キログラムの20分の1とか30分の1とかの量。

その30〜50グラムを分析してみて、結果を1キログラム当りの濃度に計算し直して報告する。
ええとつまり、例えば実際の分析に使われた土が30グラムであったとすれば、「今回ストロンチウム90が1キログラム当り195ベクレル検出されました」と言ったとしても、それは実際には30グラムの土の中に、6ベクレルくらいのストロンチウム90があれば、それを土が1キログラムあった場合に計算し直して、あくまで“濃度”が195Bq/kgでしたという結果になる。

ちょっとややこしいかもしれないが、要は、今回の土壌サンプルと分析結果から屋上堆積物に確かに含まれていたと言えるストロンチウム90は6〜10ベクレルくらいであって、195Bq/kgというのはあくまで1キログラム当りに直したときの“濃度”の話ですよと。
実際に195Bqのストロンチウム90が屋上堆積物に含まれていたことを意味しているわけではありませんよと。

実際に屋上堆積物にどれだけあったかは、結局は屋上に土がどれだけあるかであって、土を掻き集めて100グラムにしかならなければ19.5ベクレルだし、500グラム集まれば100ベクレルだし、土が1キロ集まって始めて195ベクレルになりますよと。
195Bq/kgというのは、そういう意味。

実際に屋上堆積物にどれだけのストロンチウム90があったかは、結局のところ、屋上の土の量次第、ということになる。
ここら辺は想像になってしまうのだが、自分としては、仮に500平方メートルの屋上だとしても土が1キログラムも掻き集められるか微妙だと思うので、実際には195ベクレルも無いんじゃないかと思う。

まぁ結局、まとめると、建築後7年の間に1800Bqくらいは屋上に降り積っていた可能性はある。
そして屋上の溝なんかに堆積物が溜まって来たわけだが、水の流れなどの状況で、その溝でストロンチウムが濃縮され、堆積物30グラムに6ベクレルくらいが含まれれば、それを拾って分析すれば、195Bq/kgという値が出ることも有り得るよね、ということ。


ちなみに、実際には有り得ない事だが、幼児がストロンチウム90を195ベクレル含む土を1キログラム食べた場合の内部被曝量は、0.0092mSvになる。
まぁこのマンション屋上の土を1キロ食べてしまった場合でも、大した値でもないかなと。
と言うか、既に書いたとおりこの195ベクレルという値は周辺環境に比べて相当高く出ているであろう値なので、この値がそのまま口に入るということもあり得ないのだが。


ええと、そんなわけで、思うことをつらつらと書いていたら長くなってしまった。

以上書いてきた理由、
ストロンチウム89が検出されていない
・マンション屋上堆積物の値を、これまでの分析結果との比較になんか使えない
・濃縮度合いを考えると、ストロンチウム90だけで考えても過去のフォールアウトから考えられる範囲内
(そもそも、屋上堆積物に195Bqあったかどうかも微妙)

ということで、現段階において、これだけの情報を元に原発由来と言うのは時期尚早であると考える。

横浜市が再調査に乗り出しているとのことなので、さすがに市なら放射化学分析を行って、ストロンチウム89を分析しようとするだろうから、その結果次第かなと。
と言うか、それをやらないで原発由来かどうか分かるわけも無いよねと。

この段階で原発由来と書いた新聞記事は、逆によくそこまで書けましたねと。
そういう感じ。


ええとあと、長くなってあれだけど、じゃあ原発由来のストロンチウム90が全く無かったのかと言うと、そこまでは言わない。
というか厳密に科学的に答えようと思ったら、「全く」とか「ゼロ」とかは言えない。
ひょっとしたら、100ベクレルあったとしたら1ベクレルくらいは原発由来かもしれない。

でも、原発周辺のモニタリング結果を見る限り、ストロンチウム89が出ていないのにストロンチウム90だけ大量に飛んできているというのも変だし、ストロンチウム90だけ見たとしても、195Bq/kgというのはちょっと多すぎる気がする。

まぁとにかく、例え100ベクレル中1ベクレルが原発由来であったとしても、例えこの195ベクレルが全て原発由来であったとしても、心配する値でもないだろうなと、言いたいことはそういうこと。

今回の検出が原発由来かどうかというのも確かに興味深い論点ではあるのだが、健康影響とかを考えるのはあくまでその「量」がどれくらいだったかで、今回の量を見る限り、健康を心配するような値ではありませんよね、と。
(ちなみに、ストロンチウム90の195ベクレル程度は、飲食物の基準値設定のときに既に織り込み済みで、幼児も含めてそれくらい入っても問題ない値に設定されている)
http://d.hatena.ne.jp/akatibarati/20110622/1308735760


あと、本当に長くなってあれなんだが、ネット上で見た情報だと、この分析を依頼した市民というのは、どこかの大学の工学部の教授なんだそうだ。
周辺環境より明らかに高く出そうな、他の場所との比較にも使えないような、マンション屋上の堆積物なんか測って何がしたかったのかなと。

ストロンチウム90だけ測って「ストロンチウム検出!」と騒ぎたいだけなら、僕が近くの公園の土を拾って来るだけでもできるだろうなと、そんなことを思ったりなんかして。
まぁ、公園の土拾うよりも、屋上の堆積物測る方が、話題性としてはずっと効果的だろうけど。

なんてったって、周辺環境より高く出ると分かりきってるんだからねぇ。