食品の基準値が見直される話

■<食品規制値>「乳児用」を新設 厚労省毎日新聞 - 11月24日)
 食品に含まれる放射性物質の新たな規制値作りで、厚生労働省は24日、食品区分に「乳児用食品」を新設し、食品全般を「一般食品」として一つにまとめたうえで、現行の5分類を4分類にする案を審議会の部会に提案、了承された。同省は放射性セシウムの被ばく限度を現在の年5ミリシーベルトから1ミリシーベルトに引き下げる方針を踏まえ、年内に食品区分ごとの規制値案を設定、来年4月の施行を目指す。
 厚労省は、粉ミルクなど乳児用食品の区分を設ける理由を「食品安全委員会から、小児の期間は感受性が成人より高い可能性が指摘された」と説明した。同委は10月、チェルノブイリ事故で小児に甲状腺がんなどのリスクが増加したとする疫学データを基に同省側に適切な措置を求めた。
 見直しの背景には、幼い子を持つ母親らから「子供にはより厳しい基準を」との意見が同委に多数寄せられたことがある。厚労省もこうした声を重視し、今後対象の乳児用食品を具体的に検討する。
 また、現行の「野菜類」「穀類」「肉・卵・魚・その他」の3区分を「一般食品」としてまとめるのは、「パン」「コメ」など食品ごとに細かく分けると、個人の摂取する食品の偏りによって差が出るためだ。そもそも食品の国際規格を策定しているコーデックス委員会の規制値も「一般食品」と「乳幼児用食品」の2区分のみ。「食習慣の違いによる影響を最小限にし、分かりやすい規制にしたい」(同省)という。
 一方、全世代で摂取量が多い「飲料水」(調理に使う水も含む)や、子供の摂取量が多い「牛乳」は、特別な配慮が必要との考えからそれぞれ独立した区分を設ける。
 現在の暫定規制値は、成人、幼児、乳児の世代ごとの平均的な食品摂取量などを基にセシウムの被ばく限度値を算出。うち最も厳しい数値を規制値とし、全年齢に適用している。新たな規制値も同じ方法で算出するが、年代を「1歳未満」「1〜6歳」「7〜12歳」「13〜18歳」「19歳以上」の五つに細分化。「13〜18歳」と「19歳以上」は男女差により摂取量に大きな違いがあることから、男女別に摂取量を調べ、きめ細かく評価する。【佐々木洋】


新しい食品基準値、これまでの年間5ミリシーベルトが1ミリシーベルトに引き下げられ、新たに乳児用食品の区分が設けられることになった。

基準強化を求めていた人の中には、これを歓迎する人もいるだろうし、まだまだ足りないと思う人もいるだろう。

私としては、基準が強化されても、“国民の健康を守る”という観点からすれば、実質的には影響はほとんど無いと思う。
と言うのも、これまでの基準値でも、国民の健康は既に守られるレベルにあったから。

現在の基準値の持つ意味・考え方については、既に以前に書いている。
○飲食物の基準値の話
http://d.hatena.ne.jp/akatibarati/20110622/1308735760

これで、現在の基準値では年間5ミリシーベルトを超えないこと、乳幼児の感受性にも配慮して基準値が作られていることなどを説明した。
より細かく言えば、食品を5つの区分に分け、それぞれに1ミリシーベルトを割り振り、どの年齢段階においてもそれらを超えないように、最も厳しい年齢段階の数字を元に基準値が作られていることなどを説明した。

では、このような基準値のなか、実際の被曝量はどうかと言うと、厚労省・食品衛生審議会の作業グループによる、実際の食品のモニタリング結果を用いた推計によれば、年間0.1ミリシーベルト程度。
実際にはあり得ない想定だが、モニタリング結果のうち、常に上位10%の濃度の食品を食べ続けるという、現実にはありえないような条件で考えたとしても、被曝量は年間0.24ミリシーベルト程度。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001tsmk-att/2r9852000001tt3v.pdf

この数字は、年間1ミリという値はもとより、通常の1年間に食品などから受ける内部被曝量(0.4ミリ)をも下回っており、現在の基準値においても、国民の健康が守られる範囲にあることが分かる。
(幼児・小児などと年齢別に見た場合でも同様)

この理由としては、上の「飲食物の基準値の話」でも書いたことだが、今の基準値が年間5ミリとは言え、その計算過程では、市場などによる食品の希釈率を50%とか、ストロンチウムの存在比をセシウムの10%などと厳しく見込んでいたり、放射能濃度の減衰にしても、考慮しているのは物理的半減期による減衰だけで、実際のモニタリング結果ではより速い速度で減っているなど、様々な面で実際より厳しい想定をしていたことが背景にあると思われる。

今の基準値、表面的な数字だけを見れば確かに年間5ミリではあるのだが、計算過程で条件を厳しく見込むことにより、様々な“保険”をかけているので、実際にはかなり低いレベルとなっている。
このように、今の基準値でも健康に影響の無いレベルにあるので、さらに基準が厳しくなったとしても、“国民の健康を守る”という観点からすれば、実際のところ影響はほとんど無いと考えている。

むしろ基準値強化によって影響が出るとしたら、それは国民の健康というよりも、どちらかと言えば食品を出荷する生産者の側だろう。

これまでは例えば肉であれば、500Bq/kgまでなら出荷できていたものが、基準値強化によって100Bq/kgという基準になったとすれば、これまで出荷できていたものでも出荷できなくなる(ただ、食品中の濃度は全体としては低下してきているが)。

基準値強化によって影響が出るとすれば、出荷停止範囲が拡大するという意味で、むしろ出荷する生産者の側であり、国民の健康と言う面では、実際のところあまり影響は無いだろうと考えている。


ところで、基準値の目指すものが年間5ミリから1ミリになると聞けば、普通に考えれば5倍厳しくなると感じると思うが、実はそれほど変わっていなかった、現在でも1ミリ並みの厳しさだった、と言ったらどうだろう。

「5ミリなのに1ミリの厳しさとはどういうことだ。バカを言うな」
と思われるかもしれないが、そう言うのも、食品の希釈率にポイントがある。

EUの基準値は年間1ミリとされており、これだけ見ると5ミリの日本より5倍厳しいと感じられるが、数字の背景に大きな違いがあり、食品の希釈率、日本が50%であるのに対して、EUは10%となっている。

どういうことかと言えば、日本の場合、食品の50%が基準値上限まで汚染されているとして基準値が考えられているのに対し、EUの場合は、同じく汚染されている食品は10%であると考えている。

つまり、日本の場合、口に入る食品の50%は充分に汚染されていると考えるのに対し、EUでは10%しか汚染されていないとしている。食品の希釈率の部分では、日本はEUの5倍厳しく設定している。
日本の今の5ミリシーベルトを元にした基準値は、こういう5倍厳しい条件を元に作られているのであって、条件の部分で5倍厳しくしていることを思えば、表面的には5ミリシーベルトとなってはいても、実際的には1ミリシーベルト相当の数字とも言える。
(ちょっと分かりにくいかな)

日本の5ミリとEUの1ミリ。
表面の数字だけを見れば、EUは日本の5倍厳しい数字にも思えるが、希釈率の部分では、日本はEUより5倍厳しい条件を設定しているので、そのようなことを考慮すれば、日本の5ミリは既に1ミリ並みの厳しさを持っているとも言える。
まぁこの辺、基準値というのは単に額面の数字だけを比較するのではなく、その数字の作られた背景まで含めて考えれば、より多くが見えてくるという話。


さて、そんなわけで少し話が横道に入ったが、話を日本の基準値に戻すと、次の基準値の導き方は、今のところこのように考えられている。

○食品摂取による内部被ばく線量評価における放射性セシウムの寄与率の考え方
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001w5ek-att/2r9852000001w5je.pdf

長文なので、内容をかいつまむと、次の基準値の導き方は以下のようになっている。

ヨウ素131などの短半減期核種は除き、セシウムなどの半減期1年以上核種を規制対象とする
・基準値は、短時間で測定が可能なセシウムについて設定する
ストロンチウムなどは設定しない)
ストロンチウムなどの影響は、セシウムの一定割合あるとして考える
(これまでと同じ)
・これらについて、各年齢段階の食品摂取量を考慮し、基準値を設定していく。

大まかに言って、これらは今の基準値の考え方と同じ。
基準値の導き方で、自分的に注目する変更点としては、以下のようなところ。

ストロンチウムなどの影響を現実に合わせて見直すこと
(現在の基準値は例えば、セシウムの線量が約63%、ストロンチウムが約37%と評価されているが、今後はストロンチウムの評価は小さくなる)
(ちなみにこれは、ストロンチウムの放出量が想定されていたよりも少ないことと、新基準値が始まる来年4月時点では、短半減期のSr89の影響が小さくなることによる)
プルトニウムは独立の基準値ではなく、ストロンチウムと同様、セシウムの一定割合として、セシウムの基準値で判断する
(現実にはほとんど考えられないであろうプルトニウムの影響を大目に見た上で、セシウムの基準値に含めて評価することになるので、現実には安全側の評価となる)

基準値の詳細については、食品に割り当てる介入線量の割り振りがまだ見えてこないので分からないが、成人を例に取り、仮に一般食品に0.5ミリ、飲料水に0.5ミリずつ割り振ったとし、一般食品の一日摂取量を1.6kgとした場合、計算式は割愛するが、単純に計算すると一般食品の新基準値は、50Bq/kg程度になろうかと思われる(今の500Bq/kgの十分の一)。

ただ、今回までのところ、上でも触れた“食品の希釈率”が出て来ていない。
現実的には、口に入る全ての食品が基準値上限まで汚染されているとは考えにくいので、希釈率が使われてくるとは思うのだが、今のところ出て来ていないので、希釈率を使わないケースで単純計算すると50Bq/kg程度。

仮に、希釈率にこれまでと同じ50%を使うとすると100Bq/kgになるだろうし、EUと同じような10%を用いると500Bq/kgとなり、今の基準値とさほど変わらなくなるだろう。
(実際としては、希釈率10%の方が現実に近いんだろうけど)

もちろん、今後示されてくる、各食品区分への線量割り振りとか、各年齢段階の食品摂取量によって値は変わってくるのだが、とりあえずここまで仮の数字で計算してみても、5ミリから1ミリになって5倍厳しくなるのだから、500Bq/kgは100Bq/kgになるだろうとか、単純な五分の一になるとも限らないのは、ストロンチウムとかの影響を現実に即して見直すから。


まぁそんなわけで、また例によって長くなったが、こういう考えで基準値は見直され、新しい値もそれなりの数字に落ち着くのだろうが、国民の健康に与える影響としては、実質的には大して変わらないだろうなと。
なぜなら、これまでの基準値でも、国民の健康は既に守られるレベルにあるのだから。