外国の基準値の話

別なところで質問を受け、返答を書いていたら長くなったので、“外国の基準値の概要とその考え方”ということで、簡単にまとめたものを新たな日記として。


基準値としては、ベラルーシがこれ(表2)、
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Mtk95-J.html
ウクライナがこれ(表8)、
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Nas95-J.html
ロシアがこれ(表1)、
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Ryb95-J.html
そしてEUアメリカ・コーデックス委員会についてはこれが分かり易いかと思います。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001tsmk-att/2r9852000001tt44.pdf#page=5

ちなみに、ベラルーシは事故から6年後、ウクライナは8〜12年後、ロシアは8年後にこれらの基準値になっているようです。
それ以前、ソ連時代の基準値(TAL)は、ベラルーシのリンクに書かれています(表1)。

ソ連時代は、食品から許容される内部被曝量が、事故1年目で50ミリシーベルト、事故2年目で25ミリシーベルト、同じく3〜4年目で15ミリ、5年目で2.5ミリとなっており、事故1年目でも5ミリシーベルトの日本の方が、ずっと厳しいですね。


水が2ベクレルなのは、ウクライナの12年後の基準値でしょうか。
ゲルマニウム半導体検出器は、事故時の緊急時モードの約30分の測定では、検出下限値が10Bq/kg程度になるので2Bq/kgは測れませんが、1検体にもっと時間をかけて測定すれば、2ベクレルでも測れますよ。

逆に言えば、1検体に時間をかけられるようになるというのは、それだけ分析器(者)1台(人)当たりの分析数も少なくなって、分析スケジュール的に余裕が出ている状況です。

今の日本でも、かなり低いレベルまで測っている場合もありますが、事故後1年足らずの今の日本のように、次々にサンプルを分析していかなければならない状況では、基準値を2ベクレルまで引き下げて、時間のかかる分析を一律に課すというのは、難しいんじゃないかと思います。

ちなみに、じゃあ現状2ベクレルまで測れないから日本の基準値は危険なのか、健康に影響があるのかと言うと、そういうわけではありません。
先に示した実際の食品の分析結果を用いた被曝線量の推計では、年間0.1ミリシーベルト程度となっていたわけですが、この推計の時には、検出限界未満のデータは一律に10Bq/kgとして計算されています。

つまり、仮に緊急時モードの検出限界10Bq/kgで測っていた機関があるとして、その結果不検出となっていたサンプルがあったとします。
この場合、不検出と言っても実際は0.01Bqであったかもしれないし、あるいは2Bqくらいはあったかもしれないのですが、これらを一律に10Bqとして計算したのが、上の年間0.1ミリシーベルト程度という数字です。

不検出を一律10Bq/kgとして計算しても年間0.1ミリシーベルト程度という数字なので、2Bq/kgまで測っていないから今の日本が危険だとか、そういうことでもありません。


それと、基準値は○ベクレルという形で示されるわけなんですが、一つの食品の基準値だけを比較して高い低いを論じることには、あまり意味はありません。
と言うのも、基準値というのは、その国・地域の食生活、何をどれだけ食べているかといった部分を考慮して定められているからです。

多くの量を食べる食品では高い基準値になるでしょうし、あまり食べない食品であれば低くてもかまいません。
基準値というのは、何をどれだけ食べるかという、その国・地域の住民の食生活に左右されるので、一部だけを抜き出して比べてもあまり意味はありません。

(最後に追記あり


それともう一つ重要なポイントは、ストロンチウムの影響度合いでしょうか。
ウクライナの基準値(AL-97)に特徴的だと思いますが、セシウム137に対するストロンチウム90の基準値は、概ねセシウム137の10〜50%と、かなり大きく取られています。
そして、ウクライナの基準値は、セシウム137とストロンチウム90、双方を合計しても年間1ミリシーベルトを超えないような基準値として設定されています。

ストロンチウム90の線量への寄与は、年齢にもよりますがセシウム137の2〜10倍くらい大きいので、ストロンチウム90に基準値を割り振るほど、セシウム137から許容できる線量が減るので、その分セシウム137の基準値は厳しくなります。

このような、ストロンチウム90の基準値を大きく取る考え方は、ウクライナのような地域では妥当なのでしょう。
チェルノブイリではストロンチウム90の放出量が多く、ウクライナの辺りではそれによる汚染の程度が強いのでしょうから、そういった場所では、このような基準値の考え方は妥当性を持ちます。
ですが、日本のようにストロンチウム90の放出がそれ程でもない場合は、このような基準値を採る必要性は薄くなります。

ちなみに、ウクライナの場合は“セシウム137とストロンチウム90の合算”で基準値の適合性を考えることになっており、仮にセシウム137で基準値を超過しても、一方のストロンチウム90は基準値を下回り、セシウム137で増える分の線量をストロンチウム90の減少分でカバーできる範囲であれば、基準値適合とみなされる考え方をしています。
つまり、セシウム137の基準値もそれが絶対というわけではなく、ストロンチウム90の量によっては、基準値を超過していても許容されることがある、ということですね。

そのようなわけで、ウクライナのようにストロンチウムに基準値を多く割いていたり、セシウム137とストロンチウム90のバランスで判断するような考え方をしている場合、セシウム137の基準値だけを抜き出して他と比較するというのも、また不適当と言うことになります。


このようなわけで、基準値というものは、その国・地域の食生活や汚染状況に合わせて、(言わばオーダーメイドという形で)設定されているのですから、日本とは食生活が違うのに一種類の食品だけを抜き出して比べたり、ストロンチウムに数値を多く割いている基準値からセシウム137だけを抜き出して比較するのは、不適当ということになるでしょう。


(追記)
上で、基準値はその国・地域の食生活に左右されると書きましたが、さらに言えば、その国・地域の汚染状況とも関連があると思います。

例えば、理解しやすいように、飲料水で見ていくと、ベラルーシでは事故から6年後、1992年からの基準値(RAL-92)で18.5Bqとなっていますが、この飲料水の18.5Bqという数字は、ソ連時代における事故から2年後、1988年からの基準値(TAL-88)で既に設定されています。

18.5Bqという数字だけを見ると、現在の日本の基準値(水:200Bq)と比べてかなり厳しそうに思えます。
一方で、肉について見ると、事故から2年後のTAL-88では1850〜2960Bqもありますし、事故から6年後のRAL-92でもまだ600Bqです。

これは推測ですが、ソ連がこのように、事故から2年後の段階で既に飲料水に18.5Bqという数字を設定し得たのは、実際のモニタリングの結果が、既にそのように低いものであったからだろうと思います。
(あるいは、充分に低い値の水を別のところから供給可能だったか)

日本の場合もそうですが、飲料水の汚染というのは比較的早く解消します。
水源が湖や川の場合、放射性物質は沈殿しますし、上流から下流に流れることによって希釈も早く進みます。
地下水の場合は、そもそも地下水脈まではそう簡単に浸透しません。
そのようなわけで、日本でも比較的早い段階から、水の汚染は低下していましたし、今ではもうほとんど問題になってもいません。

一方、肉や穀物、野菜などの食品は、地面に沈着した放射性物質の影響を受けますから、汚染問題が長く残ります。

もしモニタリングの結果、水の汚染がそれほどでもないと分かれば、水の基準を厳しくし、その分を他の食品に振り向けることが可能になります。

ソ連が事故から2年後の段階で、飲料水を18.5Bqという低い値に設定し得たのは、そのような、モニタリングの結果で充分低い値であることが確認できていたから等ではないかと思います。

そして、この18.5Bqという値は、現在のベラルーシの基準値(RAL-92)にも引き継がれていますし、やはりその分、他の食品に基準値を振り向けることが可能になります。

今の日本の基準値は、実際のモニタリング結果に即したものと言うよりも、水が汚染された場合も考慮して、それでもなおかつ一定の線量に抑えられるように考えられたものです。
逆に言えば、水に基準値を振り向けている分、他の食品の基準値が抑えられていると考えられます。

今の日本のモニタリング結果をもってすれば、新しい基準値においては、水については相当厳しい基準値を設定することが可能でしょうし、そこで厳しくした分を他の食品に振り向けることも可能でしょう。

ですが、今の基準値はそういう考えで作られたものでは無く、あくまで水が汚染されるという最悪の場合でも、健康を確保できるように作られているものです。

そのようなわけで、基準値というものは、その国・地域の食生活に加えて、汚染状況にも合わせて作ることが可能な、まさにオーダーメイド的なものです。

おそらく、事故後のモニタリング結果などを踏まえて作られたであろう、水で厳しくした分を他の食料に振り向けることを可能にしている、ソ連ベラルーシの基準値と、水が汚染されることをも想定している今の日本の基準値を、ただ水だけを抜き出して比較するというのも、また不適当なことだろうと思います。