新しい食品基準値の話
■はじめに
食品の新しい基準値について、自分なりにまとめてみようと思う。
(本当は、昨年末に厚労省の部会で考え方が示された時に書こうかと思っていたのだが、3ヶ月以上もサボってしまった…)
なお、今回のまとめは以下の資料に基づいている。
薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会放射性物質対策 部会報告について
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000023nbs-att/2r98520000023ng2.pdf
食品中の放射性物質の新たな基準値(案)について
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000023nbs-att/2r98520000023ng9.pdf
まず最初に新しい基準値を確認しておくと、食品区分は「飲料水」「乳児用食品」「牛乳」「一般食品」の4つに区分し直され、それぞれの基準値は以下のようになった。
飲料水 : 10 Bq/kg
乳児用食品: 50 Bq/kg
牛乳 : 50 Bq/kg
一般食品 : 100 Bq/kg
これを、放射性セシウムの値で代表して判断することになる。
ちなみに、ストロンチウムやプルトニウムなどの影響も、これら数字の中に含まれている。
ストロンチウムやプルトニウムの分析は、週間単位の時間がかかり、手間も非常にかかるので、生鮮食品の速やかな分析は難しく、また分析リソースも多く必要になり、そちらに注力すると場合によっては他の食品の分析に支障が出る。
そこで、あらかじめセシウムとストロンチウム・プルトニウムの比率を調べておき、セシウムが1Bqあったときのストロンチウム・プルトニウムの影響を線量計算に含めておくことで、放射性セシウムの値で代表して基準値を判断できる仕組みになっている。
さて、自分として関心があったのは、新しい基準値がいくつになったかもそうだが、それに加えて、この基準値はどういった考え方で作られたか、どういう計算で導かれたか。
そこのところを知ろうと思って部会の資料に目を通したんだが、印象としては一言で言って、「これは相当、厳しいな」と。
以下、基準値の考え方、意味合いなどを書いていく。
ちなみに、これは自分的に重要と思った部分のまとめであって、変更点の網羅を目的とするものでは無い。
よって、放射性ヨウ素については既に検出レベル以下になっていることから新たな基準値が設定されないことなど、触れる必要性が薄いと思われる部分については割愛する。
また、文章の表現、言葉の用い方などについては、厳密に行うとかえって分かりにくくなりそうなので、大意からはなるべく外れないような範囲で、厳密さにはこだわらずに行う。
(この辺りは今回に特有の話では無く、これまでにも同様のスタンスだが、資料の方は当然厳密な言葉使いをしているので、それとの対比で書いておきたくなった)
■年間5ミリから年間1ミリへ
さて、まずは基準値全体の話として、新基準値での食品からの許容線量は、これまでの年間5ミリシーベルトから年間1ミリシーベルトへと引き下げられた。
この年間1ミリの根拠としては、コーデックス委員会(国際食品規格委員会)のガイドラインで年間1ミリが採用されていること等がその理由とされている。また参考として、EU、ロシア、ベラルーシ、ウクライナでも年間1ミリが採用されているとしている。
前にも書いたことだが、一口に同じ年間1ミリと言っても、ロシアなどチェルノブイリ関係国の基準値は事故から6〜12年後に設定された基準だし、EUの基準は希釈率を日本より5倍緩く考えたもので、その点を考慮すると、これまで日本は5ミリだったとは言っても、EUと同じ希釈率を用いれば実質1ミリ相当となる。
また、食品モニタリング結果からの被曝量推計では、年間0.1ミリ程度。
実際には起こり得ないような厳しい条件を想定しても、0.2ミリ程度と1ミリを大きく下回っている。
今後は半減期2年のセシウム134の影響が早期に減ることや、この被曝量推計は国産品のみ食べる場合の推計で、実際には輸入品も食べていることなどを考えると、年間0.1〜0.2ミリ程度と言っても実際にはこれでも高めであり、以前の基準値でも実際の被曝量はもっと低くなると考えられている。
(実際に流通している食品を購入して調べた場合の推計ではさらに低く、年間0.002〜0.02ミリ程度。放射性カリウムからの影響である年間0.2ミリに比べてずっと小さい)
それでも、厚労省の部会では、『合理的に達成できる限り線量を低くし、また国民の安全・安心を確保する』との理由で、年間1ミリにすることを妥当としている。
そもそも、以前の基準で年間5ミリが採用されていた根拠としては、年間5ミリという数字は健康に影響を及ぼすか否かという数字では無く、対策に係るコストと効果を比較したとき、効果がコストを上回る最低のラインという理由からだった。
(つまり、年間5ミリを下回ると効果よりもコストの方が高くつくから正当化できない)
今回の報告資料では、前回行われたようなこの費用対効果、コストと効果の兼ね合いについては検討していない。
今回、年間1ミリにする理由は、コーデックス委員会では年間1ミリとなっているから等というもの。
(そして参考としてEUなどでも1ミリになっているから)
なお、報告資料の別の場所には、「これまでの基準値でも安全性は十分確保されている」旨が明記されてもいる。
上に書いたとおり食品からの実際の被曝量は年間0.1ミリ程度、高く見積もっても年間0.2ミリ程度なので、これはその通りだろう。
これまでの基準値でも安全性は十分確保されていたが、更なる基準強化を目指す。
これは、「年間1ミリ」という数字が大きく意識されていたからのようにも思える。
このように、以前の基準値と新しい基準値とでは、年間5ミリと年間1ミリで違うわけだが、その考え方としては、以前の基準値は対策の費用対効果に基づく正当性を背景に持ったものであるのに対し、新しい基準値はコーデックス委員会との比較によるものとされていること。
単に5ミリや1ミリという表面的な数字ではなく、この数字を導き出した考え方の違いが、前回と今回とで大きく異なる部分だろう。
ところで、年間5ミリから1ミリへという話については、もう一つ興味深い点があるので触れておきたい。
少し専門的な話になってしまうのだが、一言で5ミリとか1ミリとか言っても、その数字を「計算上の被ばく線量(介入線量)」で考えるのか、「実際のモニタリング結果に基づく被ばく線量」で考えるのかで、基準値としての結果は違ってくる。
「計算上の被ばく線量(介入線量)」とは、基準値上限の食品を食べ続けたらどうなるかという線量のことで、「実際のモニタリング結果に基づく被ばく線量」とは、実際のモニタリング結果から計算する線量のことを意味する。
年間5ミリから1ミリへという話について、実は食品安全委員会では、「実際のモニタリング結果に基づく被ばく線量」について適用される、と言っていた。
現実としては、実際のモニタリング結果を見ると、多くの食品では100Bq/kgを下回っていて、そこから計算される線量は年間0.1ミリ程度となっている。
つまり、食品安全委員会が言ったように、「実際のモニタリング結果に基づく被ばく線量」で考えるのなら、以前の基準値でも年間1ミリを大きく下回っているので、特に新たな対策は必要無い、とすることも可能だった。
ところが、議論が食品安全委員会から厚生労働省の方に移ると、年間5ミリから1ミリへという話については、「実際のモニタリング結果に基づく被ばく線量」では無く「計算上の被ばく線量」で考えようということになった。
つまり、実際には100Bq/kgを超えている食品は少なく、そこからの計算では年間0.1ミリと、1ミリを既に大きく下回ってはいるのだが、そうではなく、食品全てが基準値上限であったとして計算しよう、ということになった。
「年間5ミリから1ミリへ」という話は同じであっても、それを「計算上の被ばく線量」で考えるか「実際のモニタリング結果に基づく被ばく線量」で考えるかで、結果としての基準値は大きく違ってくる。
年間1ミリをどちらで考えるか、これは実は基準値に大きな影響を及ぼす話しだったのだが、食品安全委員会から厚生労働省に話が移ったときに、この大きな方針転換がなされていた。
つまり、「年間5ミリから1ミリへ」は同じであっても、考え方が「計算上の被ばく線量」に移ったことで、基準値が大幅に強化されることになった(安全側に大きく傾いた)。
マスコミなどではあまり大きくは取り上げられないが、この「実際のモニタリング結果に基づく被ばく線量」か「計算上の被ばく線量(介入線量)」か、年間1ミリをどちらで考えるのかは、基準値に大きな影響を与える転換点であったので、意識しておきたい。
■4つの基準値
○飲料水
次に、食品区分ごとの基準値を見ていく。
まずは飲料水から。
飲料水については、その基準値は10Bq/kgとされたわけだが、その理由は、WHOが飲料水のガイダンスレベルとして示しているのが10Bq/kgだから(年間0.1ミリシーベルト相当)。
理由として示されているものは、ほとんどこれが全て。
先程の年間1ミリの部分では、コーデックス委員会がそうしているし、参考としてEUなどもそうしているから、というのが理由だったわけだが、では飲料水に関する基準値はどうなっているかと言うと、コーデックス委員会では飲料水に関する基準値は無く、EUの飲料水基準値は1000Bq/kgとなっている。
先程も書いたように、EUでは年間1ミリを超えないように考えているわけで、つまりEUでは飲料水1000Bq/kgでも年間1ミリが守られると考えていることになる。
これは、食品汚染率を10%と日本よりもかなり緩く設定していることなどにその要因があると思うが、いずれにせよ、同じ年間1ミリとは言っても、日本が新しく設定した10Bq/kgに比べてかなり緩い。
「年間1ミリ」というのは同じでも、その数字の導き方一つで日本は10Bq/kg、EUは1000Bq/kgと、大きく違ってきてしまうのは興味深いと言えば興味深い。
いずれにせよ、ここでも日本はかなり厳格な基準値を採用しようとしているように思えるのだが。
ちなみに、実際のモニタリング結果としては、福島県内であってもかなり早い段階から、飲料水からは検出すらされていない。
まぁ現実的には、そういうモニタリングの結果があるから、こういう厳しい値も採用できると踏んだのだろう。
とりあえずここまで、食品全体としての年間1ミリと、飲料水の10Bq/kgを見ての感想だが、今回の新基準値の作成にあたっては、とにかく年間1ミリにするんだ、水は10Bqにするんだと、そういう思いが先行していたように感じられる。
事故後に世の中で喧伝されるようになった、「年間1ミリ」や「WHOでは水は10Bq」。
その数字がどのような意味を持つ数字なのか、理解して叫ばれていたようには思えないが、とにかく「年間1ミリ」「WHOでは水は10Bq」という言葉が繰返し叫ばれ、だから日本はダメなんだ、危険だ、信用できない、と批判されていた。
そういった批判に対応するために、年間1ミリ、水は10Bq。
そういった前提があったのではないか。
よりハッキリ言えば「数字ありき」だったのではないか。そういう感じがする。
“年間1ミリ”は同じでも、コーデックス委員会やEUと比べてどれだけ厳しいか。
最後の方でもう一度書くが、それを比べれば、その傾向がよりハッキリするのではないかと思う。
○一般食品
次に、一般食品の基準値を見てみる。
これまで、穀物・野菜・肉類等と分かれていた食品区分は、一般食品というカテゴリに一括されることになった。
基準値の計算方法としては、以前の基準値に比べて細かな変更点は多いものの、大まかに言えば、前回の基準値計算と似たような計算方法となっている。
つまり、各年齢区分の食品摂取量と線量係数を用いて、年齢区分ごとに年間1ミリを超えないような濃度(Bq/kg)を計算した後、もっとも厳しい年齢区分の濃度(Bq/kg)に、余裕分をプラスして基準値としている(食品汚染割合は50%で前回基準値と同様)。
具体的に言えば、各年齢区分の年間1ミリを超えない濃度は以下のようになる。
1歳未満(男女) 460 Bq/kg
1〜6歳(男) 310 Bq/kg
1〜6歳(女) 320 Bq/kg
7〜12歳(男) 190 Bq/kg
7〜12歳(女) 210 Bq/kg
13〜18歳(男) 120 Bq/kg ←←←
13〜18歳(女) 150 Bq/kg
19歳以上(男) 130 Bq/kg
19歳以上(女) 160 Bq/kg
妊婦 160 Bq/kg
この中でもっとも厳しいのは、13〜18歳(男)の120Bq/kgなので、この数字に余裕分を加味して安全側に丸めた100Bq/kgが新しい基準値とされた。
つまり、年間1ミリであれば、1歳未満なら460Bq/kg、1〜6歳なら310Bq/kgでも大丈夫ということになるのだが、影響度合いが一番大きいのは13〜18歳(男)なので、そこに合わせて基準値が作られたということになる。
もし年齢区分ごとに基準値を変えるならば、乳児460Bq/kg、幼児310Bq/kgとも成り得るのだが、当然ながら肉や野菜の流通を子供用・大人用と分けたり、作る料理を子供用・大人用と分けることは非現実的なので、こういう基準値というものは万人に通用できるように、一番厳しいグループの値が採用される。
なので逆に言えば、乳児なら360Bq/kg、幼児なら210Bq/kgの余裕があるとも言える。
(新基準値の100Bq/kgと、1歳未満の460Bq/kg・1〜6歳の310Bq/kgの差が余裕分)
13〜18歳(男)の数字が一番厳しく、影響度合いが一番大きいとなった理由は、食品摂取量の違いが大きい。
13〜18歳(男)の1日食品摂取量が2052グラムであるのに対し、例えば1歳未満は373グラムと5倍以上の開きがある。
もちろん線量を評価する換算係数は、例えばセシウム137を同じ量経口摂取した場合で、13〜18歳(男)は1.3なのに対し1歳未満は2.1と、感受性に応じた値を使っている。
このように、同ベクレルなら1歳未満の方が影響が大きくなる計算をしていながら、13〜18歳(男)は120Bq/kg、1歳未満は460 Bq/kgという結果になるのは、食品摂取量が大きく違うことによる。
やはり「食品の基準値」を考えている以上、影響は「摂取する量」に左右されるわけで、食べれば食べるほど、摂取すれば摂取するほど影響が大きくなることを物語っている。
以前の基準値でも計算方法は似たようなもので、年齢区分に応じた線量係数を使って計算していた。
つまり、前回も今回も、年齢による感受性の違いが考慮されていないわけでは無い。
よく、「子供への影響を考えていない」「感受性の違いを無視している」といった批判があるわけだが、そのような批判は、基準値がどのように導かれたかをよく理解していないのだろう。
『子供の基準値は大人よりも小さければならない』という無意識的な思い込みによるものと思われる。
ところで、上ではサラッと“食品汚染割合は50%”と書いたが、実はここが大きな意味を持つ。
ここで言う“食品汚染割合”とは、流通している食品の何%が(基準値濃度の)汚染をしているかを意味する。
つまり、基準値計算の過程では、流通している食品の50%、実に2つに1つは基準値上限の汚染濃度であるとして計算している。
では実際の(出荷前の)モニタリング結果はどうかと言うと、昨年10〜12月の実績でも新基準値の100Bq/kgを超えているものは全体の2%程度に過ぎず、残りの約98%は100Bq/kgを下回っている。現在ではさらに少なくなっているだろう。
それに、日本は肉や野菜などの食品を大量に輸入してもいるわけで、実際に流通している食品には輸入物も加わる。
それらの輸入物も含めれば、この割合はもっと小さくなるだろう。
つまり、基準値計算の過程では、流通している食品の半分は上限100Bqであるとして計算しているのだが、これは過大ではないかということ。
逆に言えば、相当に安全側の仮定をしているとも言えるわけだが、いずれにせよ汚染割合を高くして計算すればするほど、結果の基準値は厳しくなる。
この汚染割合、コーデックス委員会やEUでは10%としていることなどを考えると、今回の基準値計算において、汚染割合を50%としたことが基準値を厳しくする方向に大きく働いていることは、意識する必要があるだろう。
○乳児用食品、牛乳
次は、乳児用食品と牛乳の基準値について。
この2つについては、食品安全委員会が「小児の感受性は大人よりも高い可能性がある」と指摘し、また牛乳などは子供の摂取量が特に多いことから、独立の区分とされている。
2つとも新基準値は50Bq/kgとされたわけだが、ではその数字はどのように計算されたのだろうか。
どのように計算されたか、と書いたが、実はその計算は既に終わっている。後は最後の一手間を加えるだけ。
上の一般食品で導かれた100Bq/kg。
この計算で、既に子供においても年間1ミリを下回ることは分かっている。
(1歳未満は460Bq/kg、1〜6歳は310〜320Bq/kgであった)
この100Bq/kgが考えの出発点とされている。
そして、乳児用食品と牛乳については、
『万が一、全てが(上限まで)汚染されていたとしても大丈夫なように』
一般食品の100Bq/kgを半分にして、50Bq/kgにしよう。
このように導かれている。
つまり、乳児用食品と牛乳については汚染割合100%だと。
100%全ての乳児用食品と牛乳が、基準値上限まで汚染されていると考えようと。
一般食品は汚染割合50%で100Bq/kgだったから、汚染割合が100%なら50Bq/kgになるねと。
嘘でもなんでもなく、基準値はそのように導かれている。
ちょっと待てよと。
100Bq/kgという数字は、13〜18歳(男)が元になった数字だよねと。
1歳未満なら460Bq/kgだし、1〜6歳なら310〜320Bq/kgだったよねと。
じゃあ仮に汚染割合100%で考えるとしても、子供の数字を考えるんなら、それらを半分にして230Bq/kgや150Bq/kgになるんじゃないのと。
私としてはそういう疑問も浮かぶんだが、そうではない。
前提となる数字は、あくまで13〜18歳(男)の100Bq/kgなんだと。
これを半分にして子供用の50Bq/kgになるんだと。
報告書では、本当にそのように導かれている。
そもそも、汚染割合100%という想定自体がどうなんだと。
100%全てが基準値上限まで汚染されている、それは現実のモニタリング結果から妥当なのかと。
10〜12月の実績でも、100Bq/kgどころか、50Bq/kgに達していた牛乳すら0%だったじゃないかと(656件中0件)。
それなのに汚染割合100%という想定は妥当なのかと。
私としてはそのような疑問も浮かぶのだが、報告書ではあくまで『万が一』だと。
あくまで万が一、100%全てが上限まで汚染されていたと考えた場合のことだと。
報告書にはそのように書かれている。
まぁ確かに、そのような想定をすればそのような値も出るでしょう。
でも、そもそもその想定は妥当なんですか、と。
『子供用の基準値が大人と同じであってはまずい。ましてや、大人よりも高いなんて許されない。』
新基準値の背景には、そのような“思い”が先行していた。
そう感じてしまうのは私だけだろうか。
■まとめ
「飲料水」「乳児用食品」「牛乳」「一般食品」
新たな4つの食品区分の基準値は、このようにして定められた。
この結果、食品からの実際の被曝量はどの程度になりそうか、報告書の中で推計されている。
それによると、以前の基準値のままだと年間0.051ミリだったものが、新しい基準値にすることで年間0.043ミリに抑えられるという。
その差、0.008ミリシーベルト。
このような結果になるのは、そもそも基準値がどうあれ、食品から実際に検出される値は基準値を大きく下回り、かつ減り続けているからだが、この基準値強化の実際の効果である年間0.008ミリシーベルト。
この0.008ミリシーベルトの違いを大きいと見るか小さいと見るかは、個人の評価の分かれるところだろうか。
ここまでの要点をかいつまんで箇条書きにすると以下のようになる。
・年間5ミリから年間1ミリへと引き下げられた
・年間1ミリへの引き下げの根拠は、コーデックス委員会でそうなっているから
・年間1ミリへの引き下げに当り、これまでのような費用対効果計算は行われていない
・モニタリング結果から推計される実際の被曝量は年間0.1ミリ程度。流通している食品を購入して調べると年間0.02ミリ程度
・報告書には「これまでの基準値でも安全性は十分確保されている」旨が明記
・年間1ミリについては、「実際のモニタリング結果に基づく被ばく線量」ではなく「計算上の被ばく線量(介入線量)」で考えられた
・飲料水の新基準値は10Bq/kg。その根拠はWHOでそうなっているから
・ちなみに飲料水のモニタリング結果では、かなり早い段階から検出されていない
・一般食品の新基準値は100Bq/kg
・これは食品汚染率50%での計算結果。コーデックス委員会やEUの汚染率は10%。汚染率を高めるほど基準値は厳しくなる
・100Bq/kgは13〜18歳(男)の数字が元。1歳未満は460Bq/kg、1〜6歳は310〜320Bq/kg
・年齢ごとの感受性の違いについては、以前の基準値と同様、線量係数の段階でも考慮されている
・乳児用食品と牛乳の新基準値は50Bq/kg
・これは食品汚染率100%として、一般食品の100Bq/kgを半分にすることで作られた
・子供用に設けられた食品区分だが、子供の計算結果である460Bq/kgや310〜320Bq/kgからは導かれていない
・基準値強化による実際の被曝量の低減効果は、年間0.008ミリシーベルトと推計
■感想
さて、全体を通しての感想だが、この新しい基準値は相当厳しいと思う。
基準値の導出過程を見て分かるとおり、この基準値には相当の安全余裕が含まれている。
繰り返しになるが、
飲料水ではかなり早い段階から検出すらされていないのに、新基準値は10Bq/kgとされた。
一般食品の汚染割合は、コーデックス委員会やEUでは10%で、汚染割合を高めるほど基準値は厳しくなるが、日本の新基準値は汚染割合50%で計算された。
ちなみに昨年10〜12月の段階で100Bq/kgに達していた食品は2%程度。
乳児用食品・牛乳の場合、同じく昨年10〜12月の段階で50Bq/kgに達していたものは0%だったが、新基準値は汚染割合100%で考えられ、一般食品の100Bq/kgを半分にすることで作られた。
100Bq/kgは13〜18歳(男)の数字が元で、子供は310〜460Bq/kgなのだが、13〜18歳(男)の数字を半分にしたものが子供用の基準値とされた。
そもそも、実際の被曝量は年間0.1ミリや0.02ミリ程度で既に1ミリを充分下回っており、報告書にも「安全性は十分確保されている」旨が明記されているが、「実際のモニタリング結果に基づく被ばく線量」ではなく「計算上の被ばく線量」で年間1ミリが考えられた。
このように、安全に安全を重ねて作られた基準値で、私としては相当厳しいと思う。
これは、他の基準値と比べればよりハッキリするだろう。
・日本 (汚染割合50%)
飲料水 : 10 Bq/kg
乳児用食品: 50 Bq/kg
牛乳 : 50 Bq/kg
一般食品 : 100 Bq/kg
・コーデックス委員会 (汚染割合10%)
乳幼児用食品: 1000 Bq/kg
一般食品 : 1000 Bq/kg
・EU (汚染割合10%)
飲料水 : 1000 Bq/kg
乳幼児用食品: 400 Bq/kg
乳製品 : 1000 Bq/kg
一般食品 : 1250 Bq/kg
確認だが、日本もコーデックス委員会もEUも、目指すところは同じ年間1ミリだ。
年間1ミリというのは同じでも、計算条件の置き方で、結果としての基準値にこれだけ大きな差が出る。
逆に言えば、日本の基準値は相当厳しく条件を見込んだ結果と言えるだろう。
この基準値で、健康に影響が出るとは思えない。
ところで、そもそもの疑問なのだが、どうしてこのような厳しい基準値を設定する必要があったのだろうか。
誰の為に、何の為に、このような厳しい基準値が必要だったのだろうか。
「これまでの基準値でも安全性は十分確保されている」旨が明言され、以前の基準値では年間0.051ミリだったものが、新しい基準値にすることで年間0.043ミリになる。
元々、十分安全だったものを、さらに0.008ミリ減らすことで、どのような意味があるのだろうか。
私としては、この基準値強化は、『安全』を確保することにはほとんど意味が無いと思う。
今までも安全は確保されていたし、新基準値にしても安全性は大して向上しない。
年間0.008ミリなど、ほとんど個人間の誤差レベルの数字だろう。
私としては、この基準値強化の意味は、『安全』を確保することでは無く、『安心』のためにあるのだろうと思う。
「暫定」や「500」や「200」といった表面的な文字を批判する声。
「子供と大人が同じ基準値なんておかしい」「子供の基準値は大人よりも小さくして」と、やはり表面的な数字を見て反発する声。
基準値の意味合いや、子供への影響も考慮していることを理解せず、表面的な部分で批判し反発する声。
そういう声に向けて、数字を小さくしました、子供の基準は大人よりも厳しくしましたと、そう言うための基準。
『安全』ではなく『安心』対策のための基準値強化だったのではないかと思う。
この基準値強化に意味があるとすれば、それは『理性』の面ではなく、『感情』のためにあったのだろう。
もっとも、さすがと言うか、厚労省の論立てとしては、この基準値強化について説明できるようにはなっている。
食品汚染割合の50%にしても、一応の理由付けはなされている。
このあたりの用意はさすがと言いたいが、それでも疑問点はあるし、現に、文科省の放射線審議会の方では、そのあたりの疑問点がだいぶ追及されてもいたようだ。
年間1ミリを妥当としたことについて、厚労省の部会では『合理的に達成できる限り線量を低くし、また国民の安全・安心を確保する』が理由とされていた。
これはALARA原則(合理的に達成可能な範囲でできる限り低く)を引いているのだが、ここで言う「合理的」には、コストと効果の兼ね合いが妥当か、という意味も含まれる。
以前の基準値計算では、このコストと効果の兼ね合いを確かめる計算が行われた上での基準値だった。
今回の新しい基準値では、この費用対効果計算は行われていない。
果たして、費用対効果計算を行うと、今回の基準値は支持される結果になるのだろうか。
私としてはそこが気になる。