「検出」と「危険」じゃ意味が違う(粉ミルクの話)

■明治の粉ミルク「ステップ」からセシウム、40万缶無償交換(ロイター - 12月06日)
 明治ホールディングス<2269.T>傘下の食品大手、明治は6日、同社の粉ミルク「明治ステップ」(850グラム缶)から1キログラム当たり21.5─30.8ベクレルの放射性セシウムが検出されたことを明らかにした。広報担当者によると、噴霧乾燥する際に使った熱風に一部放射性物質が混入したとみられる。
 国が定める粉ミルクの暫定基準値は1キログラム当たり200ベクレルで、今回の検出量はこれを下回っている。
 セシウムが検出されたのは賞味期限が2012年10月4、21、22、23、24日の製品で、同社は同3、4、5、6、21、22、23、24日の製品約40万缶を無償交換する。


また例によって「検出された」からといって、騒ぎが起きているわけなんだが。
この検出をどう評価すればよいのか、考えてみよう。

まず最初に、この粉ミルクからのセシウム「検出」が、珍しいことであるのかどうか、過去の分析結果から考えてみる。
粉ミルクや、その原料となる脱脂乳については、原発事故が起きる前から分析が行われており、1963年〜2009年までの分析結果を見てみる。
(ここで調べられるhttp://search.kankyo-hoshano.go.jp/servlet/search.top

それによれば、まずは原料となる脱脂乳から言えば、164件の分析が行われていて、その全部で、放射性セシウムが検出されている。
つまり100%検出。
量としては0.058〜184.2Bq/kgになる。

次に粉ミルク(粉乳)では456件の分析が行われ、そのうち444件で放射性セシウムが検出されている。
97%で検出。
量としては0.017〜346.69Bq/kg。
もちろん、この300Bq/kg超という数字は、今の基準なら完全にアウト。
1960年代当時の人は、こういった数値の粉ミルクを飲んでいたことになる。


というわけで、実は「検出」されること自体は特に珍しいことでは無いと言うか、むしろ「検出」されるものの方が大部分であったことが分かる。
量的なもので言っても、近年はさすがに少なくなっていたが、1960年代の核実験が盛んな頃は、今回の30Bqなんて小さくすら思えるような数字も出ている。

この原因だが、もちろん過去の核実験の影響ということになるだろう。
粉ミルクや脱脂乳というのは原料の牛乳から水分を飛ばして、いわば濃縮させているわけで、牛乳などに比べて検出されやすくなっていると思われる。

ちなみにメーカー的に言えば、当時の明治に限らず、森永だって雪印だって検出されていたりする。
(その後、悪影響を考慮したのか、メーカー名は公表せずに記号のみの表示になっている)
検出されれば撤去ということになっていれば、明治に限らず、森永だって雪印だって、市場から粉ミルクは消滅していただろう。


さて、そんなわけで、実はこれまでにも粉ミルクの97%以上で検出されており、検出されること自体は珍しく無いとなれば、では今回検出された値はどの程度のものだったのか、どの程度健康に影響があると考えればいいのか、という点に話しは移っていく。

ということで、まずは今回検出された値から、線量を計算してみる。
今回の検出結果から、放射線量が最大になるようなサンプルを選ぶと、セシウム134が14.3Bq/kg、セシウム137が16.5Bq/kgになる。

と、ここで、これらの数字はあくまで粉ミルク1キログラム中のセシウムであって、実際にミルクとなった場合のセシウムの量ではないのだから、ここではミルク1リットルにした場合のセシウム量で考える必要がある。
今回の明治ステップは約5.6グラムでミルク40ミリリットルになるので、途中の計算は省くが、1リットルのミルクには140グラムの粉ミルクが使われることになる。
そうなると、140グラムというのは0.140キログラムだから、1リットルのミルクに含まれるセシウムは、セシウム134が2Bq、セシウム137が2.3Bqとなる。

これを元に、乳児がミルク1リットルを飲んだ場合の放射線量を計算してみるとこうなる。

セシウム134 : 2Bq×2.6×10^-5mSv = 0.052マイクロシーベルト
セシウム137 : 2.3Bq×2.1×10^-5mSv = 0.048マイクロシーベルト
合計 : 0.100マイクロシーベルト

ということで、赤ん坊が今回最も数値の高かったミルクを1リットル飲んだ場合、0.100マイクロシーベルトであることが分かったわけだが、この数字とはどんなものなのだろうか。


ここでは、始めから母乳や粉ミルクに含まれている、別の放射線と比較してみよう。

母乳にはカリウムが含まれており、カリウムには放射線を出すカリウム40が含まれていることは、もう既によく知られていることだろう。

と、ここで「カリウム40」と書くと、中には「自然放射線と人工放射線を比べるのは妥当でない」とか、「セシウムは蓄積が問題だ」という反応をする人もいるかもしれない。

でも、自然放射線と人工放射線では性質に違いは無く、違いがあるとすればそれは自然・人工という区別ではなく、放射性核種ごとにエネルギー等の違いがあるに過ぎないし、セシウムの蓄積による危険性については、そういう主張は時々見かけはするものの、実はそのエビデンス(証拠)となるものは得られていない。

そんなわけで、放射性セシウムカリウム40の放射線量を比較するのは妥当なので、このまま計算を続ける。


さて、母乳中のカリウムは1リットル当たり470ミリグラム程度だから、そこから計算すると母乳1リットル中のカリウム40は、14Bq程度と見積もられる。
これからの放射線量を計算すると、以下のようになる。

母乳のカリウム40 : 14Bq×6.2×10^-5mSv = 0.868マイクロシーベルト


次に、カリウム40を考えるとなると、セシウムの問題など無くても、粉ミルクには元々カリウム40が栄養成分として多く含まれているのだから、それも考える必要があるだろう。
今回の明治ステップで言えば、100グラム中にカリウムが790ミリグラム含まれているので、(細かい計算は省くが)ミルクを1リットル作った場合のカリウムは1106ミリグラムとなり、その中のカリウム40は34Bqと見積もられることから、線量は以下のようになる。

粉ミルクのカリウム40 : 34Bq×6.2×10^-5mSv = 2.108マイクロシーベルト


ということで、ミルクを1リットル飲んだ場合に受ける放射線量を並べてみるとこうなる。

今回の放射性セシウム    : 0.100マイクロシーベルト
母乳に元々含まれるもの   : 0.868マイクロシーベルト
粉ミルクに元々含まれるもの : 2.108マイクロシーベルト


ということで、今回の放射性セシウムによる線量、最大のものでも母乳の8分の1以下、元々飲んでた粉ミルクの21分の1以下であることが分かる。


さて、そんなわけで、粉ミルクから放射性セシウムが最大30.8ベクレル検出されたという今回の話。
そんなに危険なものなんですかね。そんなに騒ぐほどのものなんですかね。

「検出」ということで考えれば、原発事故が起きる前から、粉ミルクの97%以上で放射性セシウムは検出されていたし、放射線の影響で考えれば、今回のセシウムによるものよりも、母乳とか粉ミルクに元々含まれていたカリウム40の方が、遥かに放射線量は高かった。

こんな言い方は少しアレかも知れんが、今回のセシウムが危険だってんなら、母乳とか粉ミルクとか、これまで遥かに危険なものを与えてたってことになるんだがねぇ。

放射能があった」となれば何か悪いことでもしたみたいに、全面攻撃や批判を喰らう。
まるで、「魔女」とみなされれば袋叩きにあって火あぶりにでもされるかのような、中世の魔女狩りのような感じと言うか。

「検出」されたからって、それがどの程度のものなのかも考えずに、評価もせずに騒ぐ。
そんなことじゃ、国民も企業も、誰も幸せになんかなれないと思うけどね。

「検出」なんて、これまでだって、ほとんど大部分で「検出」されていたんだから。


セシウムは、これまでは97%の粉ミルクで検出されているのに、今回の明治の分析では検出された粉ミルクは少なく、自治体の検査でも検出されていない。これは、明治の検出下限値が5Bq/kgであるように検出下限値の影響によるだろう。

※サンプル1つの測定に何時間も費やして、検出下限値を下げるようにすれば、これまでと同じように、大部分の粉ミルクで「検出」自体はされても不思議ではない。
でもそこまで労力かけて「検出」をしてどうする?
市場からほとんどの粉ミルクを失わせるつもり?
「検出」したんだから回収するべきって言うのは、市場から粉ミルクという商品を無くせって言っているのとほとんど同じ。

※単に「検出」したから回収だってのはそれくらい乱暴な話で、だから、じゃあどのレベルの数値を超えたら流通を止めるべきかってのが、つまりは“基準値”なわけで。
そういう基準値の役割と言うものを理解せず、「検出=売るな」っていう短絡的な思考では、市場から粉ミルクを無くせって言っているのと同じこと。
セシウムなんて、本気になって測れば、どんな食品にだって含まれていても不思議ではないんだから。

※自然放射線と人工放射線は違うとか、セシウムの蓄積が問題だとか、そういう根拠の無い話は反論に値しない。


(追記1)
過去の検出結果が興味深く受け止められているようなので、参考までに、粉ミルクの上位5を書いておく。

346.69 Bq/kg 1963年
322.05 Bq/kg 1964年
233.84 Bq/kg 1965年
169.57 Bq/kg 1964年
159.40 Bq/kg 1964年

ここで、注意してもらいたいのは、これらの数字が全て「セシウム137」についての数字だということ。
今回騒がれている明治ステップの30.8Bq/kgというのは、セシウム134とセシウム137の合計の数字。
セシウム137だけで見れば16.5Bq/kg程度。

つまり、上の60年代の数字、減衰しているとは言えこれとは別にセシウム134もあったんだろうから、セシウム134も含めるとなれば、上の数字のさらに最大1.5倍くらいの数字を考えるべきかも知れない。
ここは間違っていました。

(追記2)
それともう一つ。
60年代の数字が大きく受け止められているようだが、これは50年代は無かったということを意味しない。
ここでデータ期間を63年以降としているのは、数字が残っているのが63年以降だから。
50年代にも核実験は行われているわけで(特に58年は多い)、63年以前も、それなりに含まれていたんだろうとは思う。