人事院勧告が示したアベノミクスの危機的状況

■ 国家公務員給与、2年連続引き上げ勧告…人事院 (読売新聞)
2015年08月06日 18時01分

 人事院は6日、2015年度の国家公務員一般職(行政職)の月給を平均1469円(0・36%)、ボーナス(期末・勤勉手当)を0・1か月分それぞれ引き上げるよう内閣と国会に勧告した。
 月給、ボーナスとも昨年に続く増額で、2年連続のプラス勧告は1991年以来24年ぶりとなる。また、勤務時間を柔軟に選べる「フレックスタイム制」について、現在は研究職など約1200人に限っている対象者を原則全職員に拡充するよう勧告した。
 勧告は月給について、初任給を含む若年層の基本給を2500円引き上げる一方で、40歳前後より上の世代では引き上げ幅を1100円にとどめた。ボーナスも民間の月給4・21か月分を踏まえ、4・10か月分から4・20か月分に引き上げた。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20150806-OYT1T50068.html?from=tw

本日発表された人事院勧告で、計らずもアベノミクスの危機が示されたようなので、それについて触れておきたい。

まずアベノミクスの要点を簡単に書いておくと、それは『企業収益から賃金・消費への循環』であると言える。
金融緩和や円安を行うとまず最初に物価が上昇するので、労働者が実際に物を買える賃金(=実質賃金)は目減りする。
しかし物価の上昇は企業収益を改善させるので、企業の利益が物価上昇率を上回る形で賃金に回れば、実質賃金も上昇し、消費が増える。
その消費がさらにまた企業収益を改善させ・・・ という形で、企業利益→実質賃金→消費→企業利益→ という好循環が生まれる。
これがアベノミクスの要点で、ポイントは消費の元となる、実質賃金の上昇にあった。

その実質賃金が期待するほど上がっていないのが、計らずも人事院勧告で明らかになった。

具体的な数字で書いてみよう。
例えば平均的な月額給与が40万であったとすれば、昨年と今年の人事院勧告で、公務員の給与は以下のようになる。

○勧告前(H25)
月額給与 400,000円
支給月数 12月+3.95月
年間給与 400,000円×15.95月=6,380,000円

○昨年(H26)勧告
【月給 平均0.3%増 期末勤勉手当 0.15月分増】
月額給与 400,000円×100.3%=401,200円
支給月数 12月+3.95月+0.15月=16.10月
年間給与 401,200円×16.10月=6,459,320円
(H25比 1.24%増)

○今年(H27)勧告
【月給 平均0.4%増 期末勤勉手当 0.10月分増】
月額給与 401,200円×100.4%=402,800円
支給月数 12月+4.10月+0.10月=16.20月
年間給与 402,800円×16.20月分=6,525,360円
(H25比 2.28%増)

という事で、2年連続の上昇勧告とはいっても、その上昇幅は2.28%程度でしかなく、消費税増税の3%にも及ばない。
もちろん金融緩和や円安による物価上昇幅をカバーできるものでもはない。
つまり公務員は、アベノミクス開始前より実質賃金がマイナス(実質的給与の目減り)となっていることが伺える。

しかしここで重要なのは、それは民間でも同じということ。
毎年の人事院勧告は、民間給与の調査に基づいて行われている(注1参照)。
つまり今年は民間給与が公務員に比べ、月額で0.4%、支給月数で0.10月分多かったから、公務員もそうしましょう、足並みをそろえましょうと勧告された。

昨年(H26)の勧告でも、その前年でも、人事院勧告は公務員と民間の足並みを揃えるように勧告しているので、裏を返せば、民間もH25に比べ、2.28%しか上昇していないことを意味する。
つまり民間も消費増税3%すらカバーできていない。
実質賃金マイナスであったことになる。

マスコミ報道では『大幅ベア』と騒がれていたが、どうやらそれは一部で、民間も公務員も、多くの労働者では消費増税をカバーできるベースアップすら達成されていない。
これでは、アベノミクスが目標とする賃金から消費への好循環は起こり得ない。
むしろ実質賃金が下がっているのだから、国内消費の実質的縮小と言う、不景気への悪循環、アベノミクスにとっての危機的状況が発生している恐れがある。

それを計らずも、民間給与を調査して公務員に反映させる、人事院勧告が明らかにした。


注1)人事院勧告における民間給与調査

人事院の民間給与調査は、事業所規模50人以上の企業を対象とするほかに、学生アルバイトや主婦パートを含み、いわゆる『民間の年収400万』の元になっている国税庁民間給与実態統計調査」とは異なり、同種同等比較を行っている。
同種同等比較とは、役職・業務内容・学歴などを揃えて比較を行う方法。
部長なら部長と、10人以上の部下を持つ課長なら同じような課長と、ヒラならヒラと比べる。
加えて、仕事内容や学歴といった条件を揃えて比較している。

つまり、人事院の調査でも民間側が2.28%しか上昇していなかったという事は、正規雇用で長く働く、世間でイメージされるような一家の大黒柱的ないわゆるサラリーマン達が、実質賃金マイナスであることを示している。

これはパートやアルバイトと言った非正規雇用では時給アップが目立つが、正規雇用ではそれほどでもないと言う、他の労働統計が示す事実と整合性がある。

※地域手当について
今年の人事院勧告では、地域手当0.5〜2%引上げも勧告されているが、一方で昨年勧告では月給0.3%の引上げ勧告とは別に地域見合いとして平均2%の月給引下げ勧告が行われているので、全体的に見れば実質賃金マイナス圧力となっている。