福島の甲状腺問題 「現状」と「過剰診断問題」

先日、福島県が行う「県民健康調査 検討委員会」において、甲状腺検査に関する「中間とりまとめ」が報告されました。
原発事故後、福島の甲状腺問題については様々な声が発せられているので、この中間とりまとめを始めとして抜粋・要約することで、福島の甲状腺問題の現状と、そこで語られている「過剰診断問題」について確認してみたいと思います。

以下の引用は、主旨を損なわないよう配慮しつつ、私が抜粋・要約を行いました。
まずは現状確認として「中間とりまとめ」から。

○現状

甲状腺検査に関する中間取りまとめ
平成 27 年 3月 福島県県民健康調査検討委員会 甲状腺検査評価部会

1 先行検査で得られた検査結果、対応、治療についての評価

  • 先行検査においては、震災時福島県にお住まいで概ね18歳以下であった全県民を対象に約30万人が受診、これまでに112人が甲状腺がんの「悪性ないし悪性疑い」と判定、このうち、99人が手術を受け、乳頭がん95人、低分化がん3人、良性結節1人という確定診断 が得られている。[平成27年3月31日現在]
  • 検査結果に関しては、わが国の地域がん登録で把握されている甲状腺がん罹患統計などから推定される有病数に比べて数十倍のオーダーで多い。この解釈については、被ばくによる過剰発生か過剰診断(生命予後を脅かしたり症状をもたらしたりしないようながんの診断)のいずれか が考えられ、これまでの科学的知見からは、前者の可能性を完全に否定するものではないが、後者の可能性が高いとの意見 があった。
  • なお、乳頭がんであればその生物学的特性から定期的な経過観察という選択肢もあり得る。スクリーニングに由来する乳頭がんの診断と治療のリスク評価に関しては手術適応も含めて専門家に委ねたい。
  • 現在、日本甲状腺外科学会の診療ガイドラインに従って診断・治療が行われているが、無症状の者に対するスクリーニングの結果であること、小児甲状腺乳頭がんの予後は成人より更に良いことから、今回の福島の状況に対応した診療ガイドラインまたは小児甲状腺がんの診療ガイドラインが別に必要ではないかとの意見 があった。

2 放射線の影響評価

  • 先行検査を終えて、これまでに発見された甲状腺がんについては、被ばく線量がチェルノブイリ事故と比べてはるかに少ないこと、事故当時5歳以下からの発見はないことなどから、放射線の影響とは考えにくいと評価する。

3 医療費の公費負担

  • 二次検査を受ける患者の多くは、今回の甲状腺検査がなければ、少なくとも当面は(多くはおそらく一生涯)、発生し得なかった診療行為を受けることになると考えられる。そのため、二次検査以降の医療費については公費負担が望ましい。

6 今後の甲状腺検査

  • 今回の原子力発電所事故は、福島県民に、「不要な被ばく」に加え、「不要だったかもしれない甲状腺がんの診断・治療」のリスク負担 をもたらしている。
  • 甲状腺検査においては、利益のみならず不利益も発生しうる こと、甲状腺がん(乳頭がん)は、発見時点での病態が必ずしも生命に影響を与えるものではない(生命予後の良い) がんであることを県民にわかりやすく説明したうえで、被ばくによる甲状腺がん増加の有無を検証可能な調査の枠組みの中で、現行の検査を継続していくべき と考える。

第 19 回「県民健康調査」検討委員会(H27.5.18 )
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/115335.pdf

臨床や疫学の専門家が集う評価部会の中で、現在の甲状腺がん原発事故の影響と考えにくいことにはコンセンサスが得られています。
もちろん、子供の健康を守るという思いも共通しています。
そこまでは共通ながら、そこから先、甲状腺検査には利益だけでなく不利益もあり、予後の良い(命を脅かす恐れの大きくない)ものを、発見・診断→手術というやり方が果たして正しいのか?
そのような「過剰診断問題」を巡って、主に疫学側の部会員と臨床側の部会員の間で議論がおきています。
子供の健康を守るという思いは共通ながら、「どうやったら健康を守れるか」についての見解の相違が見られます。

次に、そのような過剰診断問題について見て行きます。


○ 過剰診断問題

まずは過剰診断を指摘する部会員の資料から紹介します。

福島県における甲状腺がん有病者数の推計
津金昌一郎
独立行政法人 国立がん研究センター がん予防・検診研究センター長)

  • 罹患率データに基づく累積罹患リスクを用いた甲状腺がんの有病者数を推計して比較を試みることがより適当と考え、国立がん研究センターがん対策情報センターがん統計研究部(担当:片野田耕太がん統計解析室長)に試算を依頼した。
  • 2001-2010 年のがん罹患率(全国推計値)に基づくと、福島県において18 歳までに臨床診断される甲状腺がんは2.1人、検査受診者集団からは約1.7 人と推計されるが、もし104人が甲状腺がんと診断された場合は、約61倍 となる。
  • 2011 年の人口動態死亡統計によると40 歳までに甲状腺がんで死亡する確率(累積死亡リスク)は、男性0.00036%(100 万人に3.6 人)、女性0.00032%(100 万人に3.2 人)である。即ち、今回の甲状腺検査受診者30 万人あたりでは約1人である。従って、検査による早期発見がなくても、甲状腺がんにより40歳までに死亡することは、極めて稀な事象 である。
  • 甲状腺がんが100 人を超えて診断されている現状は、何らかの要因に基づく過剰発生か、死に結びついたりすることがないがんを多数診断している(いわゆる過剰診断)かのいずれかと思われる。今回の検査がなければ、1〜数年後に臨床診断されたであろう甲状腺がんを早期に診断したことによる上乗せ(いわゆるスクリーニング効果)だけで解釈することは困難 である。また、早期の診断により甲状腺がんによる死亡を回避出来たであろう甲状腺がんは、多くても1人程度 と思われる。
  • 過剰発生については、急性感染症などとは異なり、がんの要因と発生との間には、ある程度の年数を要することが明らかになっているので、2011年の震災以降に加わった何らかの要因が、2014年迄に診断された甲状腺がんの発生率を高めていると解釈することは困難 である。
  • 過剰診断については、成人の甲状腺がんにおいて確実に観察されていることや小児においても前例があるので、十分な蓋然性 がある。現在診断されている甲状腺がんの多くは、非常にゆっくりと大きくなる、そのままの大きさで留まる、あるいは、縮小して行くなどのシナリオが想定 される。
  • 「より多くの検査をする方がより安心である」、「早期診断は良いことであって、それによる不利益は生じることがない」という前提のもと、善意により行われた甲状腺検査ではあるが、無症状で健康な人に対する精度の高い検査は、少なくない不利益(過剰診断とそれに基づく治療や合併症・その後のQOL低下など心身への負担、偽陽性者の結果的に不必要な二次検査による心身への負担など)をもたらす可能性があるという認識を共有する必要 がある。

第4回「甲状腺検査評価部会」(平成26年11月11日)http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/91000.pdf

■部会長提出3議題に対するコメント
津金昌一郎
独立行政法人 国立がん研究センター がん予防・検診研究センター長)

1 先行検査で得られた検査結果、対応、治療についての評価

  • 先行検査で100人を超えて甲状腺がんが診断されている現状は、いわゆるスクリーニング効果だけで解釈することは困難 であり、何らかの要因に基づく過剰発生か、将来的に症状を呈して臨床診断されたり死に結びついたりすることがないがんを多数診断している(いわゆる過剰診断)かのいずれか と考える。個人的には後者の可能性が高い と考えている。
  • 何らかの要因に基づく過剰発生でなければ、殆どのがんは将来的に致命的になる可能性は極めて低かった と想定され、かつ、甲状腺が成長や生命の維持に重要な役割を果たしていることを鑑みると、経過観察という選択肢が多くの症例で望ましかったとも推定される が、医師、並びに、患者・保護者にとって、そのような選択をすることは現実的には困難であったことも十分理解出来る。

  • 何らかの要因に基づく過剰発生でなければ、無症状の健常者に対する甲状腺検査は、それによる利益(早期発見による死亡率減少・QOL の向上)よりも不利益(偽陽性、過剰診断など)の方が大きいと思われるので避けるべきである。

2 2次検査後、保険診療に移⾏した際の医療費について

  • 今回の結果が、何らかの要因に基づく過剰発生でなければ、殆どのがんは、今回の検査がなければ診断されなかったと予想される ので、(個人の)保険診療で実施するのは適切ではない。

第5回「甲状腺検査評価部会」(平成27年2月2日)
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/100580.pdf

■部会長提出3議題についての見解
渋谷 健司
国立大学法人 東京大学大学院 医学系研究科 国際保健政策学教室 教授)

a 過剰診断の可能性が高い。
b 現行の無症状の住民を対象にした甲状腺がん検診は不利益が大きく、見直しが必要 である。特に、検診によって発見された甲状腺がんの治療に関しては、従来の臨床症例に基づいたガイドラインを再検討すべき である。
C 被ばくの影響は、現行のプロトコール(前後比較)では分からない。全員の被ばく線量評価がなされていないために、コホート研究は成立しない。

  • 「過剰診療」と「過剰診断」が混同されている。「過剰診療」は、ある個別の症例に対して不必要な診療を過剰に行うことであり、今回の議論の対象ではない。一方、「過剰診断」は、生命を脅かさないがんを発見すること。今回の検診では、検査をしなければ一生見つからず、しかも見つからなくても死亡するリスクは低く、切除する必要もない甲状腺がんを多数、診断・治療している可能性が高い。
  • 今回の検診は、世界でも前例の無い、症状の無い住民(平成23年3月11日時点で0〜18歳)を対象にした超音波検査である。通常の論文やガイドラインで用いられる症例の多くは、臨床症例(甲状腺がんの症状を持って病院に来た患者さん)である。この2つの集団は異なることを理解することが重要 である。
  • 地域がん登録のデータを見ると、甲状腺がん罹患率は増大傾向にあるが、死亡率は極めて低いままにとどまっている。 同様の傾向は米国などにおいても認められており、これは、超音波検査の普及に伴う過剰診断によるものと考えられる。 さらに、今回の検診は、症状の無い住民を対象にした超音波検査であり、甲状腺がんの死亡リスクは、がん登録された臨床症例よりも低いことが予想される。
  • 現行の甲状腺がん検診は、不利益(過剰診断・治療による健康影響や費用)が利益(死亡や障害の予防)を上回るために、その見直しが必要である。特に、検診によって発見された甲状腺がんの治療に関しては、手術以外の経過観察の選択肢をきちんと設定した診療ガイドラインを作成するべき であると考える。
  • もちろん、不安を持つご両親には、いつ何時でも説明と検査を実施する体制の確保は必要 である。
  • 県民が、そして、日本国民や国際社会が「被ばくの影響」に注目しており、プロトコールの見直しによる被ばくの影響の科学的検証は必要 である。
  • できるだけ、全員の被ばく線量評価が望ましい。 もし、無理ならば、地域などでの集団レベルの線量を用いて、福島全体で、甲状腺がん罹患率について、線量の低い地域と高い地域で用量反応関係を調べることが必要 である。

第5回「甲状腺検査評価部会」(平成27年2月2日)http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/100579.pdf

このように、これまでの罹患率データによるリスクから、早期診断を行ってもそれによって回避できるであろう死亡は多くても1人程度と、さほど多くは無い。
逆に無症状の者に対する大規模スクリーニングによって、これまでの数十倍の甲状腺がんを発見し、手術を行っている。
この過程では、多くの負担とストレスを、多くの患者や家族に与えているだろう。
検査には利益だけでなく、不利益も発生している。
それは避けられるであろう死亡リスクと照らし合わせて、果たして適切と言えるのだろうか?
と疑問を投げかけます。

これに対し、主に臨床側の部会員からは、いやそんなことは無い、適切にやっているんだという意見が出ている。
資料は無いものの、評価部会の議事録から、該当する部分を紹介します。

○清水一雄 部会長
学校法人日本医科大学 名誉教授
医療法人社団金地病院 名誉院長
日本甲状腺外科学会 前理事長

  • 部会長の立場を外させていただきますけれども、症状が出て病院に来る患者さんというのは遅いです。 ほとんどの患者さんは無症状ですね。たまたま人から指摘されたとか、外来でエコー検査でついでに甲状腺をひっかけたときに見つかってしまったとか。それで比較的進んでいる人もいます。
  • 福島の今回の検診は、背景にもちろんほとんど100%近い人が無症状です。ただその背景には福島原発の事故という背景があります。この背景を考え合せた上で全くしなくていいのか、あるいは事務局の方に(検査を)やって下さいという人がたくさんいる中でですね、どのくらいの方を対象にどこまでやるかを含めてその辺の所も頭に入れながら議論していただきたい というふうに思います。

鈴木淳一 福島県 保健福祉部長

  • すみません、県の保健福祉部でございます。事務局からあまり意見を申し上げるのもどうかと思いますが、過剰診断の話になった時に、報道などで過剰診断というのを見て非常に違和感を覚えるという、これは保護者の方のご意見です。
  • なぜかといいますとチェルノブイリの例を皆さん勉強なさっていて、やはり子供さんのことが非常に心配だ、ということで2年にいっぺんと言わず毎年検査してくれというような声が県にも多数よせられてきた ということで。
  • あの渋谷先生のですね、もし先生の説明のようにするのであれば、そういう不安はないので、ほとんどありませんから大丈夫ですと言っていただいた上で過剰診断という説明、議論になるのであれば分かるのですが、不安を抱えたままのところにですね、逆側から説明しようとすると、ちょっとまだ県民の多くの方からご理解が頂きにくいのではないか というのが我々の今の感じ方です。

○清水一雄 部会長

  • 子供の健康を見守るということでこの検査が始まった と思うのですが、その結果、細胞診で109人見つかって85人手術した わけです。これは鈴木先生からご説明いただいたように、109人全員手術したわけではなく、その中で専門家、外科医が集まって、あるいは内科の先生が一緒だったかもしれませんが、この手術は必要だと判断して行った85名と私は理解しています けども。

○鈴木眞一 福島県立医科大学 教授

  • 私、当事者なのでそのことは皆さんで議論していただいた方が非常にいいと思いますけど、私も日本の甲状腺の専門家でこの間まで理事長をしていましたので答えておかなければいけないのは、渋谷先生が勉強されたことはごもっともかと思うのですけど、我々は、日本が世界に先駆けて過剰にならないように、なるべく微小がんを取らない経過観察をするということでこの基準も作られた もので、米国のガイドラインは今年から日本の我々の経過観察という概念も一部取り入れるようになっております。そこは我々が先駆けてやっている中で日本の全国の専門家と相談してこの基準も決めております。 その結果でやっていることです。
  • 国立がんセンターのがん登録は我々も知っていますけど、あれは十分に甲状腺がん全てが捉えられているわけではないということで、あれはひとつの推定値です。
  • 生存率をその10年や5年の登録だけじゃなくて長い間で見ると今見つかっているのは過剰に早い所ではないですが、一般的にとるべき臨床例の中の早い方にきていますので、ご存じのように片葉切除が非常に多くて、非常に将来の予後は良いのではないか、QOLも良いのではないか ということは想像されます。
  • これは初めての試みですので、みんなで日本の英知を集めながら検討しながら行くべきだとは思っています。過剰だということに関してのそういう疫学的な議論に関してはもっとしていただきたいですが、そこに対する基本的な甲状腺の常識という今までの知識はもう少し明確に入れていただきたいと思います。

第5回「甲状腺検査評価部会」議事録(平成27年2月2日開催)
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/109100.pdf

臨床側としては患者一人一人の状態を考え、一人一人に適切と思える対処を行っている。そういう思いが伝わるし、また行政側からも、保護者の心配する声に応えるためにやっているという思いが伝わります。

疫学側の思いと、臨床側の思い。
双方とも、子供の健康を思う気持ちは同じでも、集団のリスクを考えるか、目の前の個人のリスクを考えるかで、その解決策は違ってくる。

この過剰診断問題の最後として、中間寄りと感じられる意見を紹介します。
少々長くなりますが、この問題を考えるうえで参考になる論点を多数含んでいるので、なるべく多くを紹介します。

■現時点での福島第一原発事故甲状腺への影響について
西 美和
広島赤十字・原爆病院 小児科非常勤嘱託医,前副院長兼小児科部長)

  • 甲状腺がんは、小児期を通じて同じ発生率ではなく10 歳代後半に多い。また、検査方法の違いで発見頻度は異なる。
  • 国立がん研究センターによる発生率は、「15〜19 歳では年に100 万人当たり6 人」や「20〜24 歳では年に100万人当たり16 人」である。
  • これらは、何らかの訴えで病院を受診し、手術の結果甲状腺がんと診断されたものである。
  • 福島県の調査は、何ら訴えのない子どもが超音波検査を受け、甲状腺がんあるいは悪性疑いとされた人数であることが重要である。
  • 従って、何らかの訴えで病院を受診した甲状腺がん発生率と何ら訴えのない子どもをスクリーニングした福島県調査の甲状腺がん発生率とは、分子と分母が全く異なるので比較はできない。
  • 比較的大きな腫瘍径のものは、生物学的にも事故後すぐに発生したよりも事故前からあったものと考えられる。
  • 超音波装置の進歩もあり、従来見逃されていた微小病変が容易に検出されるようになった。
  • 20 歳以降の甲状腺がんも、10 歳代に甲状腺超音波検査されれば早期に発見される可能性がある。
  • 現時点では、スクリーニングでの甲状腺がん発生状況をアウトブレイク(異常多発)とは考えにくい。
  • チェルノブイリ甲状腺がんの発生は、事故当時5歳以下の世代に多いが、福島県調査では104人中10歳児以下は7人、5歳児以下は0人である(年齢は原発事故時)。
  • チェルノブイリ原発事故後の甲状腺がんの発見は、事故後最短で4〜5 年とされている。
  • 2011年4 月キエフ市国際会議の報告では、甲状腺がんの総数は7,000 人に達し、死亡例は20 人以下(0.3%)である。その多くは、手術や術後治療に不慣れな施設での治療による合併症に起因している。 乳頭がんが多く、術後の予後も良い。予後が良すぎるので、早期発見・早期治療の成果とも考えられるが、小さくてすぐに手術しなくても、フォローのみでよいような例まで見つけて手術している可能性も考えられる。→「過剰診断・治療」の可能性がある?

  • 福島以外で、10 歳代〜20歳代の万人単位での甲状腺超音波検査が実施されれば、甲状腺がんの実態が判明すると思う。ただ、倫理的な問題や、実際に何の訴えもないのに甲状腺がんを発見された人に対する対応の問題など、課題は多いので実施はかなり困難と考えられる。

福島県民健康調査の甲状腺検査は人間ドックと同様に「過剰診断」?

  • 「過剰診断」とは、病理組織学的には甲状腺がんであっても進行が非常に遅く転移の頻度も低い病変で、生命予後には影響しないものであり、検診のない状況では本来発見されるはずのない甲状腺がんが相当する。
  • 人間ドックなどの甲状腺超音波検査では、甲状腺がんの発見率は高くなっているが、死亡率は変化していないので「過剰診断」の問題がでている。
  • 小児の甲状腺がんの予後は良いが、リンパ節や肺転移が多いので早期発見・早期治療した方が良い。
  • 小児の甲状腺乳頭がんは、診断時に一見して進行した状態にあり再発も多いが、適切な初期治療と術後の処置により、長期の生命予後は成人に比較すると良好で、死亡率は低いと報告されている。
  • 現時点では、「過剰診断」とは必ずしも断定できないので、「甲状腺超音波検査で発見された甲状腺がん、疑い」とする。
  • 現時点では「過剰診断」なのかどうかを含めて、超音波検査の必要性と継続性について、客観的なデータを基に十分な話し合いが必要 である。

福島県民健康調査の甲状腺検査の問題点

  • 「福島もチェルノブイリと同じになる?」という不安の声に押されて開始された甲状腺超音波検査は、当初からスクリーニング効果が考えられていた。検査結果の公開に伴い、「過剰診断では?」の指摘があり、県民の健康状態を把握し不安を解消する対策が、逆に不安や不信感を招いている側面もある。
  • 甲状腺超音波検査のプラス面(利益)とマイナス面(不利益)を、ていねいにキチンと説明する必要がある。
  • 経過観察でよい場合でも、「がんの疑い」と言われれば精神的ストレス にもなり、「心配だから手術して欲しい」、「早期に見つかったから手術した方が治るから」の気持ちになる 可能性もある。
  • 一般的に、“がん”の名前から、甲状腺がんも肝臓がんや肺がんと同じように“予後の悪いがん”と思われている? “がん”=“不治の病”と思われている?
  • マスメディアは、検査結果については、不安をあおるようではなく適切かつ慎重に報道する。 検査結果で結節・のう胞や甲状腺がん、疑い報告があった当初には、マスメディアの一部には「原発事故と関係あるのでは」との風潮があった。

第4回「甲状腺検査評価部会」(平成26年11月11日)
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/90999.pdf

福島の甲状腺検査の現状と、過剰診断の問題。
上に紹介してきたように、現在発見されている甲状腺がん放射線の影響とは考えにくい、という点についてはコンセンサスが得られており、子供の健康を守ると言う思いは同一でも、そこから先、「どうやったら子供の健康を守れるか」について意見の相違が発生している。

素人の考えですが、集団リスクから考えるか、個人リスクから考えるかの違いであって、多分どちらも正しいし、どちらも間違ってはいない。
だからこそ、この問題が難しい。

この大規模な超音波検査で潜在的甲状腺がんを発見できたメリットは間違いなく存在する一方で、果たして生命に影響を及ぼす可能性の低い、多くのがんを見つけて手術する必要はあったのか。

もし大規模な超音波検査はメリットがデメリットを上回るとなれば、他県でも実施すべきと言う話にもなるが、果たしてどうなのか。

放射線の影響評価という観点から始まったこの検査が、微小ながんまで発見してしまうと言う事態に直面して、早期発見とは何か、健康を守るとは何かと言う、根源的な難問に対する回答を、図らずも求められてしまっているように思えます。


ちなみに、放射線の影響評価として始まったこの検査ですが、渋谷先生の資料にあるように、現時点においては、全員の被ばく線量評価(特に甲状腺等価線量等の)が遅れているようです。
このことは今後の影響評価の課題となるでしょうが、マスコミなどでは「○人が甲状腺がんだった」という話ばかりが大きく取り上げられます。

検査の不利益としては、このような不安を煽るようなマスコミ報道や、子供や家族に絶望感を与えるような酷い言説が害悪なのは、多く共通するところだと思います。

非常に長くなりましたが、最後に、行われた手術の症例を紹介して今回のエントリの締めくくりとしたいと思います。
酷い言説の中には、「甲状腺がんと診断されれば、手術が行われ生死にかかわる、後遺症リスクも大きい」といった類もありますが、以下を読めば、医療関係者は一人一人の症例と真摯に向き合っていることが読み取れると思います。

■手術の適応症例について
「県民健康調査」検討委員会 第4回「甲状腺検査評価部会」(H26.11.11)
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/90997.pdf

  • 2014 年6 月30 日現在までの二次検査者1848 名からの細胞診実施者485 名中、悪性ないし悪性疑いは104 例であり、うち58 例がすでに外科手術を施行。

  • 58 例中55 例が福島医大甲状腺内分泌外科で実施。55 例中1例は術後良性結節と判明。残り54例の病理結果は52 例が乳頭癌、2例が低分化癌。
  • 術前診断で、腫瘍径10 ?以下でリンパ節転移、遠隔転移が疑われるものは3 例、疑われないものは9 例。この9例のうち進展が疑われない2例は非手術経過観察も勧めたが本人の希望で手術となった。

  • 術式は、甲状腺全摘5 例(9%)、片葉切除49 例(91%)、リンパ節郭清は全例に実施。出来る限り3cm の小切開創にて行った。
  • 術後病理診断では、腫瘍径10 ?以下かつリンパ節転移、遠隔転移のないものは3例。甲状腺外浸潤は37%、リンパ節転移は74%が陽性。術後合併症(術後出血、永続的反回神経麻痺、副甲状腺機能低下症、片葉切除後の甲状腺機能低下)は認めていない。