日本の貯蓄・投資バランス(平成22年度版)

内閣府のHPに、平成22年度のGDP確報(フロー編)がアップされていたので、これまでにも作っていた、日本の貯蓄・投資バランスのグラフを最新のものに更新する。

まずは、民間、政府、海外(経常黒字)の3部門に分けたもの。
(グラフが見にくい場合はクリックで拡大)

内閣府国民経済計算確報 平成21年度・平成22年度)

このグラフの持つ意味としては、大まかに言って、日本国内における貯蓄と投資のバランスを示している。
見方としては、真ん中のゼロを境にして、プラスの側が貯蓄で、マイナスの側が投資を意味する。

例えば2010年を例に取れば、民間が約58兆円の貯蓄になっているのだが、この内訳としては約41兆円が政府、約16兆円が海外によって担われたことを意味している。
(マクロ経済では、経常黒字とは国内から海外に対する貯蓄を意味する。)

プラス側の貯蓄は、どのマイナスの側に引き受けられているかという、国レベルでの資金の状況を示したもので、まぁざっくりと言えば、プラスの側が資金余り、マイナスの側が資金不足とも言える。
そんなわけで、プラスの側の棒の長さと、マイナスの側の棒の長さは概ね一致する。


1980年からざっくりと見ていけば、1990年前後の一時期を除けば、ほぼ一貫して民間側が貯蓄(資金余り)、政府と海外がその引き受け手(資金不足)の関係になっていたことが分かる。
1988年〜1991年の4年間は、民間の貯蓄(プラス)が大きく縮小し、政府が貯蓄(プラス)になっている。
これは、好景気による企業の資金需要の旺盛さにより、家計の貯蓄が企業の投資へと、民間部門内で貯蓄資金が引き受けられていたことを意味する。

一方、1998年、2009年、2010年などは民間の貯蓄が大きくなり、反面、政府の引き受けが増大している。
これは、不景気によって企業の資金需要が少なくなる一方で、政府の国債発行額が増大(つまり政府の資金需要が増大)したことによる。

つまりざっくりと言えば、プラスの側の民間の黒字(貯蓄)は、マイナスの側の政府と海外の赤字によって増減する。
(ちなみに、どこも赤字や借金を引き受けずに貯蓄だけが増える、などと言うことは無い)


次のグラフは、より詳しくお金の流れが分かるように、民間部門を企業(企業・金融機関)と家計等(家計・非営利団体)の二つに分けたもの。
こうすることによって、企業の資金需要の移り変わりが見えるようになる。
(グラフが見にくい場合はクリックで拡大)

例えば、1989年を見てみる。
この年は家計が40兆円くらい貯蓄しているが、一方で企業も同じく40兆円くらいのマイナスなので、家計の40兆円相当の貯蓄分は企業が吸収したことが分かる。
ちなみに、家計のプラス40兆円と、企業のマイナス40兆円が相殺されるので、先程のグラフで同じく1989年を見ると、民間部門内で資金過不足がほぼ相殺されているので、民間の色はほとんど見えず、政府の貯蓄と経常黒字がほぼ同額という形で現れている。

さて、そのようなことを理解して下のグラフをもう一度見てみると、1980年から1990年代初頭まで、ほぼ一貫して投資(資金不足)であった企業部門が、1990年代半ばを境にもう10年以上、一貫して貯蓄(資金余り)に転じていることが分かる。

それまでの日本では、貯蓄主体と言えば家計部門のことだったが、1990年代半ばから近年では、家計よりもむしろ企業が貯蓄(資金余り)の主役になっていることが分かるし、換言すれば、近年の国債資金の主な供給源は、家計の貯蓄と言うよりも企業の貯蓄であることが分かる。


日本の財政を巡って巷では、例えば、
「政府の借金の上限は家計の貯蓄残高だ。家計の貯蓄残高を超えると国債が破綻する」
などといった言われ方をする。

ネットでもよく見かけるし、みずほ総研といったシンクタンクでも、「いずれ国内で国債が消化できなくなる」としてこのように言う。

しかしながら、家計の金融資産に裏付けられた形で国債が国内で消化可能な状況が、今後も永続するとは限らない。
(中略)
将来的に国債残高が家計の金融資産残高を上回ることがマーケットに意識された段階で、国債の国内消化が困難となる可能性は十分にあることを示している。
(PDFの8〜9枚目)
http://www.mizuho-ri.co.jp/research/economics/pdf/japan-insight/NKI100416.pdf

だが上で見てきたように、近年の国債資金の供給源は、家計から企業へと移っている。
新たな国債の引き受け手は、家計部門の貯蓄から、企業部門の貯蓄へと移って来ている。

このような国債の“家計貯蓄上限論”は、家計部門から企業部門へと10年以上も続いている、国債資金の引き受け手の変化を、全く無視したものと言えるだろう。


企業がこのように、投資というリスクを採らず、家計と同じように貯蓄側に回ってお金を使わないのは、つまるところデフレという状況であるからに他ならない。
デフレとは、持っているだけでお金の価値が高まる状態。
デフレという環境では、積極的に投資を拡大して商売を拡げるよりも、リストラして商売を縮小して資金を蓄えた方が、企業にとって有利になるからだ。

リストラして人件費を削減して利益を増やしても、デフレという状況が変らない限りこの傾向は変わらない。
つまるところ、デフレを何とかしない限り、企業の貯蓄熱も変わらないし政府の資金不足も変わらないし、政府が新規国債を増加し続けるという状況も変わらない。
労働者の人件費をいくら削減したところで、デフレである限りは新しい投資も増えないし、経済が本格的な好転を向かえることも無い。

このような状況であるにも関わらず、政府の財政を企業や家計と同じように考える人々は、「政府は支出を削減しろ」と言う。
政府が支出を削減すれば、国民の生活も豊かになるし、財政も健全化するのだそうだ。

ではそれがどういうことか、もう長くなるので少し簡単に考えてみよう。
2番目のグラフの、2010年の棒で考えてみよう。
2010年の棒を見ると、政府(紫)はおよそ40兆円のマイナス(資金不足)になっている。
つまりはこの40兆円程度、借金をして賄っているということだ。

じゃあ試しに歳出削減して、20兆円も削ってみよう。
政府の紫の棒を20兆円削るとどうなるだろうか。

その分、民間側の貯蓄が増える・・・わけは無い。
貯蓄投資バランスでは、プラスとマイナスの量はほぼ一定。
負債(借金)が増えずして、資産(貯蓄)だけが増えるということは起こらない。
マイナスの棒が短くなったのに、プラスの棒だけが長くなることは有り得ない。

つまり、政府の紫の棒を20兆円削れば、その分、民間側の貯蓄の棒が20兆円分減る。
減るのが家計なのか企業なのかは知らないが、どちらにせよ民間の側で貯蓄の棒が20兆円減る。
それだけでは無く、政府が支出を20兆円減らすということは、それだけ世の中に出回るお金も20兆円以上減るという事だから、単にグラフ上で棒が短くなるだけでは済まず、さらなる不況、さらなるデフレになる。

政府が借金して20兆円使うのを止めれば、その分、企業や家計が20兆円使う?
何を馬鹿なと。
企業や家計といった民間部門には資金需要が無いから、そういった行き場のないお金を国債という形で回収して世の中に流している、という姿が分かるのが、ここで紹介した貯蓄投資バランスだと言うのに。

政府がお金を使っている分、その分だけはデフレに歯止めがかかっている。
民間に資金需要が無い中で、それを無くせばどうなることか・・・


デフレという環境下で、金余りの主役は家計から企業へと移っていながら、企業は貯蓄するばかりでお金を使う意欲には欠ける。
その動かなくなったお金を、国債と引換えに政府が回収して、再び世の中に流す。

この国の、そういった姿が分かるのがこの貯蓄投資バランスだし、1998年以降、大きく増加し続けている政府のマイナスは、民間部門で動かなくなった資金を政府が流していることを示している。

国家の財政というものは、企業や家計と同レベルの、削ればいいんだといったレベルで考えるのではなく、こういった視点で考えるべきだろう。