福島原発由来とされたストロンチウムの値について

最近は放射能騒ぎも少なくなって、それによって不安を煽られる人もかなり少なくなったろうと思っていたのだが、今回の10都県で福島原発由来のストロンチウムが確認されたという話は、一部で少し騒ぎになっているようだ(とは言え、以前のような騒ぎに比べれば小さくなったが)。
そして、それによってまた不安になってしまった人もいるようなので、その値がどのようなものなのか、記しておこうと思う。

私の日記では、以前からストロンチウムについても何度か書いてきた。
中でも大きな話では、昨年秋の横浜市でのストロンチウム騒動がある。
この時は、市民団体を称する団体が、排水溝の堆積物などの、過去の分析結果とは比較できないようなサンプルを使って、測定方法も精密測定とは違う簡易測定(民間分析会社)でもって「福島原発由来」と結論付けていたので、さすがにそれは問題だと書いた。

放射能がどこ由来か。
当たり前だが放射能には色が付いていないので、例えばセシウム137が検出されたといっても、それだけでは何由来かは判断できない。
それを判断するには、ストロンチウム89などのような短半減期核種を捉えるか、過去の値と比較するか、といった方法が採られる。

今回の文科省の発表というのはこれなのだが、
http://radioactivity.mext.go.jp/ja/contents/6000/5808/24/194_Sr_0724.pdf
これによれば、サンプルは月間降下物で、分析方法は日本分析センターによる精密測定なので、過去の分析結果と比較できる方法を採っている。
そして、その分析結果が、『事故前の11年間に全国で観測されたストロンチウム90 の最大値(0.30MBq/km2)を超えた』ものについて、福島原発由来と判断している。
このようなやり方なら横浜市の件とは違い妥当なので、確かに福島原発由来と判断できるだろう。

さて、それでは、その値というのはどのようなものだろうか。
福島原発由来とされたのは岩手県秋田県山形県茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県の10都県で、その値は0.30〜6.0MBq/km2の範囲となる。
この値についてはどのように理解すればいいだろうか。
(ちなみに、「MBq/km2」という単位は「Bq/m2」と同じなので、以降の本文中では「Bq/m2」と表記する)

ところで、この話題に興味を持った人の中には「事故前の11年間」という部分に引っかかった人もいるかもしれない。
「事故前の11年間」ではなくそれ以上遡るとどうなのだろうかと。
そこで、その数字を見てみようと思う。
データ元は、例によって環境放射線データベースから(http://search.kankyo-hoshano.go.jp/servlet/search.top)。

次の表は、ストロンチウム90の月間降下物の分析結果が確認できた、1957年度から2011年度までのもので、各年度に確認された最大値を、その都道府県と共に表記した。

○各年度の最大値 (MBq/km2=Bq/m2)

年度最大値都道府県 年度最大値都道府県 年度最大値都道府県 年度最大値都道府県
195723.68東京都197124.79静岡県19850.777青森県19990.27鳥取県
195844.77東京都19725.92高知県19866.1秋田県20000.15鳥取県
195961.79東京都19739.25秋田県19870.296青森県,愛知県20010.16青森県
196052.91大阪府197419.61島根県19880.34広島県,福岡県20020.22福井県
196158.46福岡県19757.4高知県19890.3北海道20030.092北海道
1962206.46秋田県19763.441石川県19900.56富山県20040.14和歌山県
1963357.79宮城県197711.47石川県19910.4新潟県20050.3北海道
1964206.83新潟県197813.32高知県19920.36新潟県20060.25和歌山県
196560.31福井県19799.25沖縄県19930.49宮崎県20070.26和歌山県
196626.27高知県19803.885石川県19940.34鳥取県20080.23和歌山県
196717.02高知県19819.62秋田県19950.44千葉県20090.22和歌山県
196814.06高知県19821.221秋田県19960.22鳥取県20106茨城県
196915.91石川県19830.851石川県19970.17広島県20114.4茨城県
197019.98東京都19840.851青森県19980.18鳥取県   
2010年度の6Bq/m2(茨城県)と、2011年度の4.4Bq/m2(茨城県)が原発事故後の数字で、新聞記事などで最大値と表記されているものがこれにあたる。
確かに、過去11年(1999年度から)の数字と比較すれば高いものの、年度を遡れば、遥かに大きな数字が沢山ある。

一番古い数字の1957年度から、23.68Bq/m2と、既に今回の数字を大きく超える値が出ているし、1962〜1964年度では200〜350Bq/m2というレベルの、とても高い値が出ている。
おそらくこのあたりで核実験が盛んだったのだろうが、この数字は200〜350Bq/m2というストロンチウム90が降っていたことを意味する。

その後は(おそらくは核実験の減少から)、降下物中のストロンチウム90も減少傾向が続くが、今回の事故の6Bq/m2というレベルは、1981年度まで続いていたことが分かる。
その後1986年度にも再び6Bq/m2を超えるが、これはチェルノブイリによる影響だろう。

ということで、最近は目立った核実験が無いからストロンチウム90もさすがに少なくなっており、6Bq/m2という数字も大きく見えるが、過去に遡れば遥かに大きな数字が降っていたことが分かる。
もちろん私達は、そういう中で生活をしてきた。


ここで、大きな数字の話しが出たところで、過去に確認されたストロンチウム90・月間降下物のTOP30を確認してみる。

○過去の最大値 TOP30 (MBq/km2=Bq/m2)

順位放射能都道府県年度 順位放射能都道府県年度 順位放射能都道府県年度
1357.79宮城県196311206.83新潟県196421181.3岡山県1963
2307.84鹿児島県196312206.46秋田県196222180.93秋田県1963
3291.93高知県196313204.98広島県196323174.64石川県1963
4259.74高知県196314199.8埼玉県196324170.2愛知県1963
5247.9愛知県196315199.06和歌山県196325169.83東京都1963
6229.4秋田県196316196.47青森県196326168.35京都府1963
7226.81長崎県196317196.47高知県196427166.5宮城県1964
8224.22東京都196318193.88北海道196428165.39東京都1963
9217.93静岡県196319189.44鳥取県196329164.65宮城県1964
10207.94秋田県196320185.74鹿児島県196330157.25鳥取県1963
このように、1963年度を中心に150Bq/m2超の大きな値が数多く確認できるわけだが、これは何も、単に大きな数字を示すためにこのような表を作ったのではない。
この表で注目してもらいたいのは、都道府県の欄。
北は北海道から南は鹿児島まで、150Bq/m2超の値は、何も特定の場所だけではなく、日本国中至るところで降っていたことが分かる。
つまりこの時代は、このような環境で生活をしていたということになる。


次は、TOP30では現れてこない都道府県もあるので、次の表では若干視点を変えて、47都道府県のこれまでの最大値を整理してみた(ストロンチウム90・月間降下物)。

都道府県ごとの過去の最大値 (MBq/km2=Bq/m2)

都道府県最大値最大年度開始年度 都道府県最大値最大年度開始年度 都道府県最大値最大年度開始年度
北海道193.8819641959石川県174.6419631963岡山県181.319631963
青森県196.4719631963福井県146.8919631963広島県204.9819631963
岩手県0.7420111987山梨県0.03619971994山口県9.9919701970
宮城県357.7919631959長野県2.9619781976徳島県0.119981990
秋田県229.419631959岐阜県0.119921992香川県0.07620041990
山形県4.0719741974静岡県217.9319631963愛媛県2.70119771977
福島県15.9119741967愛知県247.919631963高知県291.9319631963
茨城県128.0219641963三重県0.1819941989福岡県151.3319631959
栃木県1.220101987滋賀県0.0519941990佐賀県7.419711971
群馬県1.920101990京都府168.3519631963長崎県226.8119631963
埼玉県199.819631963大阪府125.4319631959熊本県0.1119911990
千葉県2.99719811979兵庫県155.419631963大分県0.0519951990
東京都224.2219631957奈良県0.07720041992宮崎県0.4919931991
神奈川県116.1819631963和歌山県199.0619631963鹿児島県307.8419631963
新潟県206.8319641963鳥取県189.4419631963沖縄県9.2519791972
富山県0.5619901988島根県19.6119741970
※「開始年度」は、最も古い分析結果が確認できた年度を示す。

放射能で騒ぐ人というのは、この表の、例えば山梨県(0.036Bq/m2)や岐阜県(0.1Bq/m2)を見て、「山梨県岐阜県ならストロンチウム90が少ない。そこなら安全!」と思ってしまうかもしれないが、そのような理解では不充分だ。
というのも、「開始年度」の欄を見てもらえれば分かるのだが、山梨県岐阜県の分析結果は1990年代から始まっている。

最も値の大きかった、1960年代前半の分析結果が無いので、単に表にしてしまえばこのように少ない数字に見えてしまう。
注意深く見ていけば、1960年代前半の分析結果が確認できる都道府県は、軒並み100Bq/m2以上のストロンチウム90が降下していたことが分かるだろう。
つまりこの表から何が言いたいかというと、繰り返しになるが、核実験が盛んだったこの頃は、こういう値が日本国中(と言うか世界中)に降り注いでいたのであり、こういう環境の中で生活してきたということ。


さて、話は戻って、今回の福島原発由来の0.30〜6.0Bq/m2という数字。
この数字をどのように理解すればいいだろうか。

確かに、核実験がほとんど無くなっていたここ最近としては高い値だが、過去を振り返ればこれよりも遥かに大きな数字があったし、少なくとも1981年度くらいまでは6Bq/m2超が観測されるような状況は続いていた。
今30歳以上の人達は、そういう環境の中で暮らしてきた。

正直言って、このくらいの値では、環境や人体に影響を与えるほどのものでは無いと言えるだろう。
※ちなみに、今回の文科省の発表の中でも、以下のような文章で、暗に大したことないよ、と言っていたりもする。
『なお、事故前11年間の環境放射能水準調査において観測された、茨城県内の土壌中のストロンチウム90の沈着量は72〜950MBq/km2の範囲にあり、これと比べると、今回月間降下物で観測されたストロンチウム90の放射能濃度の値は0.6〜8.3%と小さい値となっています。』


今回の「福島原発由来のストロンチウム」という報道を見て、一部では例によって、

「東京までストロンチウムが!」
「関東終わった!」
「関東危険だ避難しろ!」
「関東は子供を育てる環境では無い!」
「いやうちは子供にサプリ飲ませてるから大丈夫!」

といった反応が見られるわけだが、過去の数字を確認すれば、これらの反応がいかに過剰で、いかにセンセーショナルなものかが分かるだろう。

0.30〜6.0Bq/m2という値で関東が終わるなら、50年も前に終わっていなければならない。
このような値で子供が育たないならば、立派に成長している今の大人は一体何なのか、という話になる。

このような騒ぎで心配になったり、不安になったりする必要は、全く無いと言えるだろう。

※例によって取り急ぎ書いた。後日加筆修正の可能性あり。